ある夜の話




 その日、不知火ゲンマと並足ライドウは、同じ任務に出ていた。
 フォーマンセルのAランク任務。
 難易ではあったものの、無事任務を遂行することはできた。
 だがしかし、任務完了にまでは至ってはいない。
 何故ならば。


「―――……おい、居たか?」
「いや……こっちは居なかったぞ」
 ゲンマとライドウは、任務を終えはしたものの、木の葉の里に戻ることが出来なかった。
 任務の最中に、作戦上別行動を取った二人とまだ合流できていないのだ。
 この他国の、深い森の中。
 まだ敵が何処に潜んでいるやも知れず、目立った行動にでることもできない。こうしてまだ森の中に居るということは、危険ではあるのだが、さりとて仲間を放って行くわけにもいかず、八方塞の気分だった。

 ホウ、ホウ、と梟の鳴き声が聞こえてくる。
 日があまり差し込まぬ森で気付き難かったが、もうそんな時間になるのか。そういえば、暗い森が更に色を濃くしていた。
「……どうする?」
 ライドウはゲンマを伺った。
「そうだな……まぁ、カカシさんとイルカなら無事だろうさ。先に木の葉に戻ってもいいかもしれないぞ」
「お前何言ってんだ。置いてくわけにもいくまい」
 憮然としてライドウが言うと、ゲンマは「あ、そ」と軽く答えた。
「……けど、夜は探さない方がいいだろうな」
「何でだ?」
 きょとんとしてライドウが尋ねた。
 ゲンマは答えようとして、しかし少し間を置き、やがてニヤリと口角を歪めた。
「……別にお前は捜しに行ってもいいんだぜ?」
 面白いものが見えるかもな、とまでは口に出さなかったが、それでもその表情から良く無いものを嗅ぎ取ったライドウは、首を振った。
 なまじゲンマとつるんではいない。こういう表情をした時のゲンマは至って意地悪だ。

「じゃ決まり。今夜はこの森に野宿だ」
 そうと決まればとばかりに、さっさとゲンマは行動を開始する。
 眠るのに良い場所を探して。
 ライドウも同じく探していると、ゲンマが嬉しそうな声を上げた。
「見ろよライドウ。こんな所にお堂があるぜ」
 ゲンマが指差す先、確かにそこには、古いお堂があった。
「お……おい、ゲンマっ、どこ行く気だよ!?」
 そのお堂に向かって歩こうとするゲンマを、ライドウが肩を掴んで止めた。
「どこって、あのお堂だよ。古汚いが、夜露ぐらい凌げるぜ」
「や、やめとけって!」
「なんで?」
「あ……あんなとこ……ッ、その……、だ、誰か既に居るかもしれんぞ」
「そうか? じゃあ気配を探ってくる」
「ゲンマ!」
 引き止めるライドウをさらりとかわし、ゲンマはお堂の中に入って行った。
 そしてすぐに戻ってきた。
「大丈夫だ。誰も居そうにないし、その上二人分ぐらい十分寝転べる広さだったぞ。建物の中ならトラップも仕掛けやすいし、結界も張りやすい」
 嬉しそうなゲンマに反し、ライドウは思いつめたような顔をした。
「……ライドウ?」
「……そこで寝るっていうなら、お前だけそうしろよ」
「は?」
「オレはあそこには行かん。適当に寝床を作る」
「なに言ってんだよ。これ以上バラけるのは得策じゃないぞ。お前だってそれぐらい分かるだろう?」
「……」
「ライドウ、お前なにがそんなに不満なんだよ」
 頑なに拒否するライドウに、ゲンマは少しばかり苛ついた気分になった。
「別に不満とかじゃない。……あんなとこで居るとだな……、そう、カカシさんらがオレ達を探してても見付けられないかもしれんだろう」
 カカシとイルカが夜中も自分達を探すとは、ゲンマには思えなかった。いや、イルカは探そうと言うだろう。けれどもあのカカシがそれに同意するとは思えない。なにより、こうして別働隊となって、今も出会えずにいるのは、何かしらの意図を感じてもいた。

(全く……他国で何してんだか)

 呆れる気持ちはあれども、他国の森で敵が居るかもしれないといっても、大したことはない。だからだろうが。
 そんなことよりも、その、今思いつきましたと言わんばかりの口上に、ゲンマの眉がピクリと上がった。
「………」
 じっくりと、ライドウを観察する。
 ライドウは何処か弱みを隠しているように思えた。
 そして、理解する。
 するとゲンマは今度は得意げに笑った。
 そうか、そういうことかと。
「……カカシさん達だって、夜更けに探すような行動はとるまい。それに見つかりやすいのも問題だ。敵に見つかったらどうする気だ?」
「……そ……それは……ッ」
 ライドウはぐっと詰まった。
 眉を寄せ、唇を噛んでいる。
「……分かったか?」
 ゲンマは、もうライドウから反論は無いと知りつつも確認をした。
 それに対してライドウは目をうろつかせ、結局は小さく頷いてみせた。



 渋々ライドウはゲンマに従い、お堂に入った。
 それを見て、ゲンマは笑いを噛み殺した。
 渋々というよりは、怖々、だ。
「うわ、蜘蛛の巣だ」
 誰も使わなくなって久しいであろうそのお堂には、蜘蛛の巣がたくさん張りめぐらされていた。
 当然といえばそうなのだが、だからといってこのままにして入るわけにもいかない。ライドウは顔を顰めて、クナイを取り出し、蜘蛛の巣を取り去る。
 ゲンマはカラカラ、と木の音を立て、お堂の戸を開いた。
 当然中は真っ暗だ。
「まぁ、野宿よりはマシだろ。さ、入れよ」
 ゲンマが自分の背後に居るライドウを促せば、思いつめたような顔をしたライドウが、中に一歩踏み入れた。

 ギィ…と撓る音がする。

「……う、うわ……ッ」
 思わず上げかけた声を、ライドウは自分の手で必死に抑えた。
「……どうした?」
 理由を分かっているくせに、知らないフリでゲンマが尋ねた。
「い、いや。古いからだな、穴が開いてるのかと思ったんだ」
 ライドウは勢い込んで、先程までとはうってかわって、ずんずんと中に進んでいく。ギイギイとその度に、大きな音が鳴った。
 そんなライドウの背中を見つめ。
「……じゃ、オレはちょっと用をたしてくる」
 ゲンマがそう告げれば、ライドウはすぐさま背後を振り返った。
「え……ッ!?」
 じゃあね、とヒラヒラと手を振るゲンマに、ライドウは食いつかんばかりに駆け寄って腕を引っ張った。
「オレも行く!」
「なんだよ。連れションなんて趣味じゃねぇよ」
 ゲンマがいかにも鬱陶しげに言えども、それでもライドウは必死だった。まるで離さないとばかりに、掴む力を強めた。
「いいだろ? な、別行動は良くないってさっき言ったじゃないか」
 その必死の形相に、ゲンマはやれやれと息を吐いて「分かったよ」と言いつつも、ライドウから背けた顔は笑っていた。


 ここに至る少し前の話。
 まだ四人で居た時。夜、眠りにつく前の雑談で。
 何の話からか、怪談話になった。
 そこでの話の中心は、専らカカシで、彼はあれやこれやとあちこちの任務先で仕入れたらしい怪談を話して聞かせた。
 まるきり面白がって聞いていたのは自分だけで、イルカは反応を顕著にしたが、ライドウは違って、「ぎゃあ」とか「ひぃ」とか言わないものの、恐怖に顔を引き攣らせていた。怪談話より、その表情を見ている方がゲンマにとっては面白かった。


「……そういえばさ」
 振り返らずに、ライドウに話しかける。
「……なんだ?」
 そこでゲンマは振り返った。ライドウは訝しい目をしている。
「このお堂って、ここに来る途中にカカシさんがしていたあの話とよく似たお堂だよな」
「………ッ!!」
 真っ青になって飛び上がらんばかりのライドウを見て、ゲンマは今夜は楽しめそうだ、と唇を歪めた。




終。



(06/08/15、09/11/08)