オレは世界一不幸だ。
何でオレが不幸かわかるか? ええ? わかってんのか?
「……ハイハイ。わかってるよ」
不知火ゲンマは面倒臭げに宥めるようなことを口にした。背後に向けて。
「わかってねーよ!」
「ハイハイ、じゃあわかってねーよ」
「なんだよそれ!」
わかってると言っても怒った並足ライドウは、わかってないと言っても怒った。ゲンマの背後から。
やれやれ、と溜息を吐きだしながら、ゲンマは背負ったライドウを持ち上げ直した。重い。自分より重いものを背負うぐらいどうってことはないが、暴れられると放り投げたくなる。なので今その葛藤中だ。
酔っ払いに絡まれるほど、面倒なことはない。けれども成り行き上、ゲンマはその面倒を文字通り背負っていた。
酔っ払いのよくわからない八つ当たりなど、放置してしまいたいところだが、面倒臭いこの男は放っておくと拗ねる。その方がよっぽど面倒だから、ゲンマは適当に返事をしてはいた。
夜風がスッとゲンマの頬を撫でた。
もう四月を過ぎたといっても、夜の風は冷えている。だけれども、背中は暖かかった。
「………暴れんな、アホ」
憎まれ口を叩きながらも、ゲンマはまたライドウを持ち上げ直した。
放り出す選択肢はあれど、それをゲンマが採用したことは今まで一度たりともなかった。
「アホじゃねえよ。アホって言うほうがアホなんだ、アホ」
「ハイハイ」
「……おまえはいっつもそうだ」
ぶすくれたように、ライドウは呟いた。顔を見なくても、今どんな顔でそれを口にしているのかがすぐに想像できるぐらいには、ライドウとの付き合いは長かった。それこそ嫌になるぐらい。うんざいするぐらい。それでもまだ続いている。これを腐れ縁と言わずになんと形容するのか。ゲンマはもうひとつの言葉を知っている。知っていて、心のうちにはそっちだろうとも思っていた。
―――妄執だ。
(世界で一番不幸だとは、それはオレのことだ)
決して言わないけれど。
これほど身近に存在しながら、決して受け入れられることのない想いを抱えている。もう何年になるのか、途中で数えるのも馬鹿らしくて放棄してから、更に年を重ねていた。これを妄執と言わずになんと形容すればいい。
「オレの方が年上なのに敬いもしねェし」
「そうだな」
「オレの方が先に忍びになったのに、いつの間にか並んでやがるし」
「そうだな」
「オレの方が、―――」
ふいに、ライドウは言葉を切った。
五歩ほど歩いて、ゲンマはそれ以上ライドウが言葉を続けないことに不審を抱いた。「ライドウ?」背後を振り返り声を掛ける。眠ったのだろうか。
ぐ、と抱きつく腕に力が籠ったので、眠っていないと判断した。
「いつだってオレばっか、お前が好きなんだ」
絞り出すような痛ましさで、ライドウが零す。
ゲンマは目を見開き、足を止めた。
「もう、やめてぇのに」
ライドウは、ゲンマに絡ませていた腕を解いた。
スッと背後が軽くなる刹那、ゲンマは咄嗟にライドウの逃げる足を掴んだ。
「うわっ!?」
もつれ落ちていく身体を、ゲンマは抱きとめた。それでもバランスが崩れて、二人共地面に倒れ込む。ゲンマの腕はライドウの頭を守り、ゲンマの背中が地面に着いた。
腕に庇ったライドウの頭を抱きしめたまま離さず、「もう一度言え」とだけゲンマは告げた。
「ゲンマ」
「もう一度言え、ライドウ」
言葉を重ねたゲンマは、ライドウと目を合わせた。
逃げようとする身体をまたも逃がさず、今度は身体を入れ替えてライドウを地面に押しつけた。
「ゲンマ離せ」
「言えよライドウ」
言葉とは裏腹に、ゲンマはライドウの唇を塞いだ。
まるでガキだと心の内に毒づきながらも、ゲンマはライドウの唇を貪った。初めて味わうかさついた唇を、熱い咥内をゲンマは堪能した。内側に逃げる舌を追い掛けて絡め取り、何度も何度も重ね合う。
「く、るし、ゲンマ」
「……ああ」
―――オレもずっと苦しかった
終
(14/04/30)