重なり合った唇が離れて、息を取りこもうとするその唇は再び塞がれた。
「ふ……っ、」
息継ぎもままならず、波足ライドウは頭の奥が白く霞んでいく。舌が擦れる場所によっては、腰からゾクゾクとした痺れが走った。
思考回路はぼんやりとしてろくに回らないのに、身体が妙に敏感になったようで、腕や背中を撫でられるだけでビクリと反応してしまう。
「……は……、ちょ、っと」
このままではヤバイと本能的に悟ったライドウは、なんとか腕に力を込めて、執拗な口付けを続けてくる不知火ゲンマを引き剥がした。
「なんだよ」
答えるよりも先ずは息を吸いたくて、熱い息を吐き、新鮮な息を吸いこんでいるとまた唇が近づいてくる。咄嗟に避けようとしたライドウの顎をきつく掴み、ゲンマはまた唇を重ねてきた。
「やめ、……、」
拒絶はゲンマの咥内に吸い取られた。
ライドウは段々と、何故抗う必要があるのかという考えが頭を掠め、次第にどうでもよくなっていった。気持ちいい。ならばそれでいいではないか。そうして目を閉じてしまえば、本当にどうでもよくなって、ただ快感を追うことのみが全てを統べていく。
徐に、身体が傾くのを感じた。でも足や手の位置がどうであるか、ライドウは把握できなかった。上下左右、何がなんだか感覚を掴めない。頭の芯が溶けて、どろどろになっている。
「は、……はぁ」
ようやく唇が解放され、ライドウは大きく息をついた。荒い息を零す唇の感覚さえよくわからない。ふやけてしまったようだ。
「すげー顔」
揶揄するような呟きが、霞む視界の先から零れ落ちてきて、うまく回らない頭でライドウは何のことか考えようとした。でも無理だった。
「あ、は」
気持ちいい。口付けを解かれたのに気持ちいい。
下半身の熱が大きく育つ。それを擦られている。それが気持ち良くてたまらなかった。
―――誰に?
「……え、あれ、あっ、ちょ」
段々とライドウは現状を認識し始めた。
そうして、自分がゲンマの手によって、高められているという事実に気付き、ライドウは慌ててゲンマの手を止めた。
「何してんだよお前!」
言いつつも、ライドウは自分こそ何してんだと情けなくなった。たかがキスだけで、どろどろに溶けて流されに流されまくっていた。
「キスだけだって、言っただろ。それも一回限り」
「なんで駄目なんだよライドウ」
「なんでって、」
「お前気持ちよさそうにしてただろ。自分から舌絡めてきてたくせに。なら何も問題無いだろう」
ぐうの音も出無いとは、まさにこのことだ。ゲンマの言はいちいち正論で、ライドウでは太刀打ちできないものであった。気持ち良かったのも事実、舌を絡めたのもおそらく事実。だが、それでもライドウには、この先を許すわけにはいかなかった。
「も、問題はある。オレとお前はそういう関係じゃねぇだろ」
「なればいい」
「……っ、お、オレは!」
ゲンマの目を見つめ返せず、ライドウは首を振って目を瞑った。
ライドウには、こういうゲンマが酷く恨めしかった。
どうしてこんなに、真っ直ぐなんだ。普段は何をするにも適当で、力を抜いて、それなのにこんな真剣な目をこういう時に向けてくる。全くもってずるいとしか言いようが無かった。
心臓が壊れそうに脈打っている。
だけど駄目だ。ゲンマとそういう関係にはなりたくなかった。
逃げたいのに、体勢的にも実力的にも逃げられない。それもまた悔しかった。いつからこんなに、力の差ができてしまったというのか。
ゲンマは溜息をひとつ吐くと、ライドウの髪を撫でた。
「……ゲンマ?」
突然優しくされ、ライドウは戸惑い、ついゲンマに目を向けた。
見つめ合うゲンマは、まるで子供をあやすかのような、そんな目をしていたからライドウはたまらなくなった。
「お前さ、何が怖いわけ?」
「……!」
核心を突かれ、ライドウはぐっと口ごもった。
「オレとこういう関係になるのが、怖いんだろう?ライドウ」
「……ゲンマ」
何か。何か否定する言葉を口にしなければ。
しかしこうも図星をつかれては、ライドウにはもう回る頭など無かった。そんな器用なことができるならば、ゲンマにつかまっていなかった。上手く逃げていただろう。
駄目だ、駄目なんだ。―――それだけでは駄目か。もう逃がしてくれないのか。
息をするのが苦しくなって、ライドウは自分の胸の辺りをぐっと掴んだ。苦しい。やめてくれ。そう叫べたら少しは楽になるのだろうか。
しかし逃げる一方で、ゲンマにキスを一度だけと許したのもライドウだ。どうしてそれさえ逃げなかったのかなど、ライドウはそんな自分の心をとうに理解している。
拒絶しきれなかった時点で、ライドウの負けなのだ。
―――いや。
本当は、もっと前から。
「……まぁいいさ、もうお前のことを待つのはやめた。いつまで経っても埒があかねぇからな。実力行使だ」
ゲンマは言うなり、自分の服を脱いだ。ベストを脱ぎ、黒のタートルを脱いで、引きしまった身体が現れる。
「ゲンマ」
「オレがお前のその怖い壁を壊してやるよ。そしたらスッキリするだろ」
「駄目だゲンマ、こ、こわい」
本当の恐怖だった。だからこそ、ライドウは「こわい」だなど死んでも口にしたくない言葉をゲンマに告げた。
怖い。
ゲンマとそんな関係になってしまうのが怖い。
そうなってしまったら、もうきっと戻れない。あの心地良い関係に。
そしてきっと、ゲンマ無しではいられなくなる。他人に依存する、それがライドウをこんなに恐怖させた。
しかしそういったライドウの心を見透かすゲンマは、ライドウを見下ろしてただ笑った。
「壊れろ、ライドウ」
「……!」
ライドウは瞠目した。
もう逃がさねぇよ、とゲンマはライドウに口付け、ライドウはどこか恍惚としてそれを受けとめた。
終
(13/06/23)