想い秘かに

イルカバースデー編

 イルカの誕生日が押し迫る頃、カカシは焦っていた。
 何をプレゼントしていいのか分からなかったからだ。
 今まで誰かに誕生日プレゼントなどしたことは無かった。誕生日に限らず、どんなことに対してもだ。ホワイトデー のお返しも悩んだが、今回はそれ以上に悩んだ。
 何故なら、イルカは金目の物を喜ぶからだ。
 以前ホワイトデーの時に、何が欲しいか本人に尋ねてみた。その返答は、カカシを少し悲しい気持ちにさせたの だった。
 まさか現金をプレゼントするわけにはいかない。商品券や土地もだ。
 誕生日なのだから、本人が望むものをあげたいのに。



■  ■  ■  ■



「…というわけなんだよねぇ…」
「ふーん」
「ふーんってお前…冷たいじゃないの。何かこう、良い案は無いワケ?」
「そんなこと言われてもねぇ…お望み通り、お金あげたらいいんじゃないの?」
 いつものように、上忍控え室でカカシは紅に相談を持ちかけていた。なのに紅は、髪をいじりながら投げ遣りな 返答しか返さなかったのだった。
「おいアスマ、お前何か紅にした?」
「は? 何で俺が」
「ちょっと、何でアスマなんかが関係あるのよ」
「…この調子でこいつはずっと機嫌がわりーんだよ。女はこれだから面倒臭ぇ」
「……何ですってぇ?」
 紅は、地の底を這ったような声を出した。
「じゃあアンタも女の尻なんて追っかけてないで、そこの馬鹿と同じように男にしたらいいじゃないのよ…!」
「おい、誰が馬鹿って? アスマ、本当に何したんだよお前」
「だから知らねぇって。何でだか、ホワイトデーの礼に何あげたらいいか聞いてからコレだ。ワケわかんねぇぜ」
「あー。紅のチョコ、美味かった? あれ手作りだろ?」
「何だそれ? チョコは紅じゃなくってい…」
「るっさい!ごちゃごちゃくだらないことだべってんじゃないわよ!その事なんか何も関係無いわよ!!」
 紅の般若の形相に、流石の二人も背筋を凍らせた。そして逃げるように二人がそこから出て行くと、大きくまた壁 を壊す音が聞こえ、二人はぞ〜っと顔を青褪めさせた。
「…おいお前のせいじゃないかよ。紅に他の女から貰ったチョコの返しなんか聞くからだよこの無神経」
「だから何でそんなことでああ怒るのか分からねぇんだけど」
 アスマにとっては相手はいのだ。とても嫉妬の相手になるとは思えなかった。しかし紅はいのとは知らないとまで は、アスマも分かっていなかった。
「お前って…聡いと思ってたけど、案外鈍感なんだな。ちょっと紅がかわいそう」
「お前こそ何知ってるってんだよ。紅のことが分かるってのか?」
 ムッとしたようにアスマが言い、それにカカシは溜息で返した。言ってやるつもりは無いが、紅がアスマに気があ るのはすぐに分かりそうなものだ。それが本気で分かってないのだろうか。この男は、自分のことには途端に不器用 になる。
 紅も紅だ。カカシは、紅がアスマにチョコを作っていたのを知っていた。ひょんなことから知ったのだが、意地っ ぱりな紅が珍しいことだと思っていたのに。そうか、渡せなかったのか。

 ――バレンタインの日。控え室にアスマと紅が二人きりになった時が有った。紅がチョコを手渡せずに、どうしよ うかと思っていると、ちらりと覗き見たアスマのポケットから、かわいいラッピングをされたものが見えたのだった。 相手がいのと知らない紅は、そのままチョコを持って帰り、自分で食べたのだった。甘さにうえっとしながら、毒入 りチョコをやればよかったと思った紅だった。――

「…なぁ、イルカの趣味って何だ?」
「え? んーと、確か湯治だったと思うけど…」
「えらいじじくさい趣味だな…。まぁそれじゃ、温泉なんか連れてってやったらどうだ?いっそ旅行にしてよ」
「……!! アスマ…お前賢い…!」
「え、…ぐぇっ!おい止せよ、気色悪ぃ!」
 カカシは感激して、アスマに抱きついたのだった。
 そこに、バン!という音と共に紅が凄い形相のまま出てきた。ドアは蹴り開けたようで、足型の穴が空いていた。 それを見て、抱きつき固まったままのカカシとアスマ。紅は、ふん、と鼻息ひとつの後、冷めたというか見るものを 凍らせる目と声で言った。
「…本当に男にしたわけ…へぇ」
 違う!と否定したくても、恐ろしさに声も出せない二人だった。
 アスマの馬鹿、自分のことにも賢くなれ!とカカシは心の中で叫んだ。



■  ■  ■  ■




 兎にも角にも、カカシは温泉旅行チケットを手に、イルカの住むアパートへと向った。足取りは軽い。なんと言っ ても、愛しのイルカと旅行だ。アスマは頭がいい。これなら自然な形で婚前旅行が出来るというものだ。
 日付は、アカデミーが休みの土日。24、25だ。本当の誕生日はその翌日なのだが、イルカがアカデミーを休ん でまで行くとは思えないのでこの日に決めた。
 これを見せれば、どんな顔をするだろう、とドキドキしながらカカシはドアをノックした。ほどなくして、イルカ がドアを開けて出てくれた。
「カカシ先生、こんばんは!」
「こんばんは、イルカ先生。あの、今日はですね…」
 ドキドキ、と心臓を高鳴らせ、頬を赤くしながらカカシはポケットに手を突っ込んだ。
「あの…イルカ先生、今度の土日なんですが…ご予定は…」
「あ、今度の土曜日は、俺、同僚と飲み会なんですよ」
「…え…?」
 ぱちくり、と瞬きを繰り返すカカシに、いや〜とイルカは嬉しそうに頭を掻いた。
「いやー、何か、俺が26日誕生日だってんで、皆でお祝いしてくれるそうです」
「でもイルカせんせ…外食嫌いなんじゃなかったでしたっけ…」
 特に飲み会の類は。いつも嫌だと言って、同僚の誘いを断っていたのに。
「だって奢りですから」
 さらりとイルカは答えた。

 分かっていた。イルカのことは。
 …いや、やっぱりまだまだ正しく理解していなかったのかもしれない…。

「そう…ですか…」
 旅行チケットが無駄になってしまったが、致し方ない。先を越されてしまった自分が悪いのだ。もっと早くこのこ とに気付いて、誘っていれば良かった。だったらタダでの旅行だ、イルカは頷いてくれただろうに。
 ポケットに突っ込んだ手を出した拍子に、ひらりと旅行チケットが舞い落ちてしまった。あ、と思ってそれを拾お うとすると、風がひゅう、と吹いてイルカの方へと飛んでしまった。イルカはそのチケットを手に取り、何かと見た。
 ああ、と思いながらも、気まずげにカカシはイルカの反応を待った。
「カカシ先生…これ、どうされたんですか?今度の土日って、もしかしてこれのことだったんですか?」
「あ…んー、ええまぁ…」
 ぽりぽり、と頬を掻きながら、何とも締りの無い返答しか出来なかった。
「う、嬉しいです!俺、旅行なんてどれだけぶりだろう…!?うわぁ、楽しみです!!」
「…え…?」
「しかも砂の湯温泉ですか!行ってみたかったんですよ〜有名ですよね!何でも水虫高血圧慢性疲労肩凝り胃凭れエ トセトラエトセトラ…」
 イルカはキラキラと目を輝かせて、その温泉の効果を語った。ぽかん、としながら聞いていたカカシは、やがてそ れに割り込んだ。
「ちょ、ちょっと待って下さいよイルカ先生。その日は同僚と約束が有るんじゃ…」
「そんなものどうでもいいです!」

 イルカはきっぱりはっきり言い切った。
 そんなもの。カカシ先生との旅行に比べれば。…そう言葉が続くはずはないとは、カカシも流石に分かりきって いた。しかしちょっと夢を見たかったのだった。
「それに、飲み会はまぁ別の日に変えれるじゃないですか。というか変えてもらいます。でもこのチケットをキャン セルすると、キャンセル料がかかりますからね。もう旅行の日まで後一週間を切ってるから、キャンセル料は…」
「いやそれはもういいです。それより、本当に俺と旅行に行ってくれるんですか…?」
 するとイルカはきょとんとして答えた。
「…え? これってカカシ先生となんですか?」
「………」
 じゃあ、誰と行くつもりだったのだろう。


 ともかく、イルカは大喜びで、旅行への準備に取り掛かった。何だかんだでカカシは今回ばかりはイルカのこの価 値観というか…に感謝したのだった。





(03.05.26up)