温泉旅情編3
部屋に戻ると、早くも食事の跡片付けが終わっていて、仲居達が布団を敷いている
途中だった。
「わ〜、ありがとうございます!」
にこにこと笑いながら、イルカが礼を述べると、仲居達は嬉しそうに笑った。そして
その隣に並ぶカカシを見て、頬を染めた。
「いやぁいい男だこと。あんた達二人、どういう関係?」
「え…っ」
カカシはドキリとして頬を染め、その隣に立つイルカが即答した。
「職場での知り合いです」
恋人とはいかずとも、せめて友人と言って欲しかったカカシだった。
ちなみにここに紅が居たら、「貢君と言われないだけマシじゃない?」と言っただろう。
■ ■ ■ ■
「カカシ先生! いいとこ教えて貰ったんですよ!」
イルカは嬉々として、ガラリと襖を開けて部屋に入ってきた。さっきまで、仲居達と最近の
大根はどうのという会話を繰り広げていたので、ついていけないカカシはそろりとその場を抜
け、奥の間にあるテレビを寝そべって見ていた。
「いい所?」
「温泉です! 今度は露天風呂ですよー!」
鼻息荒くイルカがいうことに、カカシは眉を顰めた。また温泉。もういいよ温泉。
ここへは温泉につかりに来たのだが、カカシにはもう温泉は無理だと思った。自分の部屋に
ある風呂でさっと汗を流すだけでいい。何よりやっぱり、イルカの裸体を他の男に見せるわけ
にはいかないから、邪魔をしなくてはならなかった。
どう言って諦めさせようと考えていると、イルカはそんなカカシに顔を近づけて言った。得
意げに。
「今度はドフトエフス菌の心配は無いですよ。何たって、そこは超穴場で、地元の人もあまり
知らないほどだそうです。小さいらしいけど、二人くらいならゆっくり漬かれるそうですよ」
「…えっ?」
キラリ、とカカシの目が輝いた。超穴場。二人くらいなら。
=二人っきりで小さな露天風呂。
「行きましょう」
カカシはすっくと立ち上がり、俺の神は死んではいなかったと、今まで信じたことが無いくせ
に感謝した。
準備万端で、カカシとイルカは露天風呂を目指して歩いた。カランコロンと下駄を踏み鳴ら
しながら、カカシは夜空のデートを満喫していた。何て幸せだ。
「あ、カカシ先生ここですっ!」
やっと着いたのか、まだ着かなくても良かったのになと思いながら、イルカの指し示す先を
見ると、なるほど小さな露天風呂だった。いかにも天然、人の手を加えていないであろうそこ
は、衝立などあるはずもないが、少し離れた回りは木が生え、辺りは物静かで人が近づく気配
が無い。
これで念願のイルカとお風呂を味わえる、とカカシは異様に興奮し出した。
イルカはカカシの傍で、豪快に脱ぎだした。パサリとその辺に、着ていた服を脱ぎ散らす。カ
カシはイルカの衣服が舞うのを見て、つい視線を逸らした。ドキドキと五月蝿く心音が鳴り響
き、頭がくらくらしてきた。
が、二度目。もうあんな失敗はしまいと、目を瞑りながらカカシも服を脱ぎだした。無心に
脱ぎ、がばりとタオルを手に振り返ると、イルカはもう露天風呂の中に入っていた。
湯気の向こうに、イルカの肩より上が見えた。こちらからは背中を向けた姿勢で、ぱちゃん
と水音を響かせて入っている。カカシはまた心臓が激しく動機するのを手で押さえつつ、震え
る足を一歩踏み出した。
ドスン。ドスン。そんな足音がしそうなほど、慎重にかつ大胆に足を進め、ようやく露天風
呂まで辿り着くと息も絶え絶えだった。
「あ、カカシ先生。湯加減もいい感じで、気持ちいいですよ!」
カカシが来たことに気付き、くるりと頭だけ振り向いてイルカが言った。
――――瞬間。
ブ――ッ と派手に音を立て、辺りに血が舞った。
「…うわっ!? か、カカシ先生っ!?」
それはカカシの鼻血だった。
体の半分くらいの出血をしたのではないか、というくらいに鼻から出し、カカシはバタンと
その場に倒れた。血の出しすぎで意識は朦朧としていたが、その霞む視界にイルカの腕らしき
ものと足らしきものが見えた。足首、ふくらはぎ、太ももまで見えたと思ったら、興奮が絶頂
まで来た意識はプツリと消えたのだった。
■ ■ ■ ■
「―――……ん…」
「あ、目覚めました?」
カカシがぼんやり目を開けると、朧気だった視界が段々クリアーになり、それはイルカだと
判断出来るほどになった。
イルカは、カカシの枕元に座り、団扇でカカシを扇いでいた。
「…い…ルカせんせ…?」
「はい、そうですよ。大丈夫ですか?」
段々意識がはっきりし、自分の現状を認識出来たカカシは、慌てて布団から飛び起きようと
して―――布団に沈み込んだ。
「ああ、無理しないで下さい。貧血なんですから」
「…はぁ…面目ないです」
何てザマだ。今日はずっとみっともないことをしている気がする。
折角の旅行なのにと、カカシはとても悲しい気持ちになった。イルカもきっと呆れているだ
ろう。
しょんぼりした気持ちで、もういっそ寝てしまおうかと思っていると、イルカが身を乗り
出してカカシを覗き込んできた。ドキッとして、何かと思っているとイルカが悪戯っぽい笑
みを浮かべて言った。
「…ちょっと、電気消していいですか?」
「え…? え、ええ。どうぞ」
イルカはすっと立ち上がり、部屋の電気をパチンと消した。途端に部屋の中が、真っ暗にな
る。イルカは部屋の隅でゴソゴソとし始め、一体何なのだろうとカカシは無言で待った。
段々夜目に慣れてきたころ、イルカが振り返って、カカシの目の前に両手を差し出した。ま
だ拳骨の状態で、しっかと握り締められた手を、ふわり、と開けると、そこから数匹のホタル
が舞い飛んだ。
「わぁ…」
「ふふ、綺麗でしょう? あの露天風呂から帰る途中に、捕まえたんです」
「あれ、でもまだ早いんじゃ…」
「細かいことはいいじゃないですか。綺麗なんだから」
はぁ、とイルカの言い切りに思わず頷いたカカシは、そうだなこんないいものイルカ先生と
見れるんだもんなと納得した。
「カカシ先生はお風呂に入れなくて残念でしたけど…、俺はこの旅行、とっても楽しくて嬉し
かったです。ありがとうございます、カカシ先生」
イルカがにっこり笑って礼を述べた。
カカシは思わずジーンときて、涙ぐむほどだった。嬉しい。
「また、連れてって下さいね。今度こそ、一緒にお風呂は入りましょう」
「…!!」
思わずガバリと身を起したカカシは、またもフラリときてバタンと寝転んだ。
くすくすと笑うイルカと、暗闇を舞うホタルの光。
カカシはその幸せにこそ、目を回しそうだった。
終
(03.09.09up)