優しくない




「お前はオレに全然優しくない」

 不貞腐れた物言いで、並足ライドウが睨み付けてきたのを、不知火ゲンマは特に気に留める様子も無く酒を呷った。
「聞いてんのかっ」
 ゲンマのその様子にライドウはまた一声上げる。
 聞いている。というより、聞こえてはいる。それがゲンマの正しい状況であったが、「聞いてるよ」とゲンマは返した。
 やれやれ、と心中深くため息を吐くゲンマは、どうやら酔いがかなり回ったらしい男をどうしたものかと考えた。だがすぐに、どうでもよくなった。ここまで深酒するライドウは珍しいが、どうせもうすぐおねんねだろう、ゲンマはそう思った。ここはライドウの家だ。眠ったら放置すればいい。
 ライドウは上忍寮に住み、一人暮らしだ。家族は里の中、別に住んでいる。ゲンマも同じく上忍寮に一人暮らしをしていた。
 それにしても、優しくないとはどういうことか。ゲンマは少しばかり面白くなくて、眉を寄せた。
「お前は、いっつもそうだ。優しくねェし、ひとの話聞かねェし……」
 ライドウは酒を片手にぶつぶつと零し始めた。グラスに入った酒を一気に呷ると、新たに酒を注ぎ足そうとして酒瓶に手を伸ばす。それを、ゲンマが遮った。
「んだよゲンマ」
 酒瓶を取り上げられ、不服をあらわにしたライドウはゲンマを睨みあげた。
「もう寄せ。吐くぞ」
「放っとけよ。返せ」
 ゲンマは聞く耳持たずの態で、酒を自分のグラスに注いだ。それで終わりになった。
「ああ」
「……優しくない? オレが?」
 非難と悲哀の入り混じる声を上げたライドウに、ゲンマはグラスに口をつけながら問いを投げかけた。
「ああそうだ」
 ぶすっと不貞腐れた顔をしたライドウは、そう返した。
「お前、オレに優しくされたいの?」
 しかしゲンマがそう問えば、ライドウはぐぐっと詰まった顔をして、一気に赤く染まった。
「おっっ、おまっ、お前はそうやって……っ! いっつもきたねーんだよ! ひきょうもの!!」
「何がだよ」
 いきり立つライドウに対し、ゲンマはあくまで冷静で落ち着いたままだ。
「問題すり替えやがって!」
「してねェだろ」
 そう反論してから、酔っ払い相手にまともに対応するのも馬鹿らしいと気付き、ゲンマは口を閉じた。酒を飲むことを再開する。
 自分を構わなくなったゲンマを暫く見つめていたライドウは、バツが悪そうに唇を尖らせ、やがてもごもごと口にした。
「お……オレの勘違いじゃなかったらさ、」
 言いかけて止めるライドウを、ゲンマは無言のまま見返した。ライドウはゲンマの視線から逃げるように俯いた。
「オレとお前はその……こ、恋人だろ」
 ゲンマは手に持っているグラスを思わず落としそうになった。
 呆気に取られた顔を晒すゲンマに、ライドウは羞恥にかガガーッと耳まで赤く染めた。
「ち、違うのかよっ」
「いや、……そうだと思うけど」
「なんだよその曖昧な返答は!」
「お前なぁ……」
 ゲンマは呆れるを通り越して、段々腹が立ってきた。
 優しくないとか言い出して、そして次は恋人かどうか確認ときた。何だそれは。
 ゲンマはグラスを畳の上に置き、ライドウに上半身を傾げてぐっと近づけた。
 顔を約十センチほどに寄せ、じっと目を合わす。ライドウは、ゲンマの目から目を背けようとした。だがゲンマは逃げようとした身体に先手を打ってライドウの左肩に右手を置き、ライドウの右手のグラスを左手で取り上げた。そっと畳の上に置く。
「ゲンマ」
「―――優しくされたいんだよな?」
「は?」
 パチクリ、とライドウは瞬いた。
 一方ゲンマは獲物を狙う鷹のような目でライドウを見つめた。
「優しくするよ。これ以上ないくらいにな」
 ゲンマはライドウを抱き寄せ、戸惑う背中を撫でた。酒臭い唇同士を重ね、ちゅ、ちゅ、と優しくついばむ。ライドウはすぐに陥落した。
「ゲンマ」と誘うように唇を開くライドウに、しかしゲンマは口付けを深めることなくライドウの体を一旦離す。そしてライドウの左足を取り、つま先に恭しくキスをした。
「ゲ、ゲンマ? 何?」
 初めてされる行為に動揺するライドウに構わず、ゲンマはつま先から踝、踵と唇を滑らし、ゆっくりとした仕草でズボンの裾を上げ、あらわになった脹脛を吸った。
「ッ、ちょ、」
 ピクンと反応を返す足を力強く押さえ、脹脛に舌を這わす。そして、股間にズボンの上からキスをした。
「ゲンマ止めろよ」
 ライドウは暴れだし、片足をゲンマから取り戻した。
「何でだよ」
「そういうのは何か嫌だ」
「優しくしてるだけだろ」
「何か違う」
「違わねェ。じっとしてろ」
 ゲンマは自分の頭に巻いていた黒い手拭いを外すと、それでライドウの両手を縛り畳の上にクナイで刺した。
 酔いが回っているライドウは、その一連の作業が終わるまでろくに抵抗ができなかったが、自分が置かれた状態が信じられずわなないた。
「な……な……おま、これ、」
「暴れるからだろ」
「これのどこが優しいんだよ!」
「うるせェな。お前は大人しく感じてればいいんだよ」
「ゲンマッ」
「これ以上暴れるなら、酷いやり方に変えてもいい。それともそっちの方が好みか?」
 ライドウは身体を硬直させた。
 大人しくなったライドウに、ゲンマは愛撫を再開した。ズボンを脱がせて内股に舌を這わせていくと、足に力を入れるのがわかった。付け根に近い部分を吸い上げれば、つま先をぐっと丸める。緊張からじゃなく、感じているのだともわかっていた。
 反応を見せる股間に、また直接ではなく布越しにキスをする。下着を脱がせないまま盛り上がった部分を舐め、咥えて舌でぐりぐりと押した。ゲンマの唾液だけではないものに、そこが濡れていく。
「は……ッ、やめ、ゲンマ」
 ゲンマが舌を離すと、下着との間に糸が引いた。今度は右足のつま先にキスをする。左足にしたように、ゆっくりと愛撫しながら上がっていき、内股まで到着するとそこを執拗になぶった。
「ん、ん、ゲンマ、ゲンマッ」
 顔を上げたゲンマに、涙を滲ませたライドウが目に入った。
「もういい、もういやだ」
「お前が優しくしろって言ったんだろ」
「優しくなんかねェよ、ンの馬鹿!」
「……じゃあどうして欲しいか言ってみろよ」
「……!」
 ぐぐっとライドウは押し黙った。
 ゲンマはライドウと目を合わせたまま、ゆっくりと身を起こしてライドウの上に馬乗りになり、顔を唇が触れるほどに近寄せた。
「―――言えよ。全部お前の望む通りにしてやる」
 それは追い詰めた獲物をなぶるようでもあり、これ以上無いほどの優しく甘やかな響きでもあった。
「う……」
 小さく呻るような声を出したライドウは、唇を噛み、やがて開いた。
「これ、解け」
 拘束された腕を示す。ゲンマは言われた通り、拘束を解いた。
 ライドウは自由になった腕で―――ゲンマに抱きついた。
 唇の端を上げ、ライドウを抱きしめ返すゲンマに睨みつけたライドウは、噛み付くように口付ける。
「……ンなまだるっこしい真似止めろよ。いつもみたいにしろよ」
 接吻の合間に命令口調に強請り、舌を絡ませてきたライドウに、ペースを崩されまいとしながらもゲンマは応えた。
 だが。

「ゲンマ……くれよ」

 最後まで苛め抜いてやろうと思っていたのに―――負けた。
 たった一言で。

(お前こそいつもオレを翻弄してばかりで、少しも優しくない)

 少しだけ苛立ち、だがあっさりと全て欲望に呑み込まれる。
 最後の恨みとばかりに首筋に噛み付くと、ゲンマはライドウに身を沈めていった。







(09/11/08)