猫の気持ち、君の気持ち

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  25.名を呼ぶ気持ち  




 そもそもの発端は、驚くことに二年ちょっと前にも遡る。
 まだナルト達の担当上官になる前、その当時のオレにやってきた、ひとつの任務があった。
 他里まで行く要人の警護をする任務だった。
 取るに足らない―――と言ってしまうのも何だが、オレは上忍なんで、こういう任務はそれこそ数え切れないぐらい経験していた。そのうちの一回だ。どんな任務だったかなんて、よほど印象的なことがなければ記憶にないぐらい、それぐらいオレにとっては普通のことだった。
 で、オレは当時、これまで通り警護をこなした。
 里の中で数少ない上忍の中でも、オレは上位にランクされてるから、この手の任務ではオレが中心者となることが多いんだけど、この時も例に漏れずオレが中心だった。本当は面倒だからやりたくないんだけど、立場上それも言えず。上忍になったところでいい事なんてそうそう無いと、なってから気付くものだ。幼い頃のオレに教えてやりたいよ。
 そんなわけで、オレは中心者らしく作戦を立て、そして実行した。フォーマンセルの体制で、ひとりは中忍の医療忍者、ふたりは中忍。医療忍者は基本護衛対象者の傍で、オレらに守られる立場になる。中忍二人は護衛対象者を影ながら警護して、オレはと言えば、その一行を更に影ながら見守る役だ。
 おかしな動きがあれば、オレはそれを要人一行に近づく前に片づけなければならない。
 事前に情報収集をしたところ、この要人を狙っている裏組織があり、そこが小さな隠れ里の忍びを雇ったと耳にした。
 護衛任務において、情報を集めて相手の思考を読むことが肝心だ。
「……この辺りか」
 オレはルート的に、敵が狙ってくるならこの辺りだろうと踏んでいた場所があった。
 そしてそれは、過たず的中した。無駄に経験多くないからね。
 要人一行に向かって近付く影に、忍ばせていた忍犬達が襲いかかった。
「うわ……ッ」
 オレの優秀な忍犬達に、敵忍どもは意表を突かれて浮足だった。見逃すわけも、更に遅れを取ることもなく、オレはそんな敵忍達を始末していった。警護にあたっている、他の中忍達も全てオレに加わる。
 まったく、嫌な任務だ。
 そう頭の端で思いながらも、次々と手を赤に染めていった。
 すると、最後の一人のところで、忍獣が邪魔をした。
 黒い忍猫―――つまり、これがタンゴだった。
 敵忍は、タンゴを盾に、自分だけ逃げようとした。
 オレは忍犬を従えている。そんなオレとしては、こういう忍びは許せない部類だった。
 忍猫を忍犬に任せ、オレはそいつの後を追ったが、オレより先に仲間の中忍がそいつを始末した。
 断末魔を叫び、ドサリと崩れ落ちる音を背に、中忍はオレを振り返った。
「これで終わりですか」
「そーみたいだね」
 この時の、この仲間の中忍こそが―――イルカ先生だった。
 そして、今回の一件で思い出すまで、オレはすっかりそのことを忘れていた。タンゴだけではなく、イルカ先生とこんなエピソードがあったなんて!
 なんで覚えてないんだよそこ、って詰られてもオレがかわいそうだと、自分では思ってる。
 何故かといえば、先ず第一に、この当時のオレはイルカ先生に惚れてなかった。惚れてないどころか、言葉を交わしたのもこの任務が初めてだ―――と思う。まだ忘れてる過去エピソードが無ければ。つまり、オレとイルカ先生は、ただの同じ里の忍び同士ってだけの仲だったわけだ。
 オレは自分自身のことに興味がないってのは、今まで述べた通りだけど、自分に興味の無い人間が、他人に興味向けると思う? しかも好きでも無い人間に。それにオレ、子供時代に四代目達との班で行動してた時はともかく、それから後は誰とどう組んでどんな任務についたとか、よほどの内容でない限りはさっぱり覚えてない。ちなみに、第七班での任務も、ザブザと戦ったあの任務のことしか覚えてない。
 まぁ、そんなわけで、一緒の任務を過去に経験してたのに、オレはイルカ先生に教えてもらうまで、すっかり忘れてたわけです。忘れてたっていうか、記憶に残ってなかったんだけど、これを言うともっとマズイって空気読んだオレは言いませんでしたとも、そこまでは。
 でも多分、バレてる。
 それは今置いといて、この時、イルカ先生と一緒だったけど、もうひとつあったわけだ。オレが記憶に残してないだけで、大事な出会いがあったということを。
 そう。さっき出てきたけど、忍猫のタンゴだ。
 オレの忍犬は強いから、タンゴを殺さない程度にやっつけていた。
 敵忍も一掃できたことだし、全て順調に進んでいた。
 ただここで、番狂わせがあった。
『こいつどうしましょう』
『聞くまでもないだろう、殺せ』
 一緒の任についていた中忍どもが、勝手にボロボロの忍猫を始末しようとした。
 オレは、素早くアホが忍猫に迫る手を払いのけた。
『か、カカシさん!?』
 意外だといわんばかりの顔されたけど、何でどう意外なんだ、オレの方がこんなことするお前達のこと意外だと思ってるし、失望もしたよ。
 忍獣とは契約で成り立つ。
 契約者との契約を断てば、それで終わりなんだ。忍獣には何の罪も無い、つまりは殺す必要なんて何も無い。そんなことも解からないで中忍やってるなんて、ほとほと呆れるっていうか、この時ばかりは殺意も漏れちゃったようで、目の前の中忍どもは気を失いかけてた。
 オレは泡吹きそうになってる中忍どもを置き、倒れている敵忍のポケットから巻物を探して見つけ出した。
『これだ』
 見つけたそれを、手早い印で発火させて燃やした。
 これで契約不成立。忍猫は自由の身だ。
『な、なんてことを……っ、それが無ければ、こいつを縛ることもできないじゃないですか!』
 忍猫を殺そうとした中忍が叫ぶ。
 オレはそいつを軽蔑する気持ちを隠さす一瞥すると、感情の無い声で言った。
『それが何か問題ある?』
 よしんば、この忍猫が契約した忍びに対して、契約以上に心を傾けていたから、オレ達を憎んで殺そうとするとしよう。
 だが、それが何だ。
 任務外のことだからいいでしょ。っていうと語弊があるかもしれないけど。
 オレの忍犬でボロボロになった、無抵抗に近い忍獣を殺すより、こっちを殺しにかかる忍獣を迎え撃つほうがずっといい。オレは忍獣と契約しているから、忍獣に対してわりと思い入れもあったりする。いわゆる私情をはさんでるわけだけど、任務外だからいいでしょ、っていうこと。
 だけど介抱する気も無いんで、つまり放置。……って、このままじゃあんまりなんで、オレは忍猫の前に、傷薬を置いた。塗ってまではしてやらない。身体は動かせるだろう。
 黒い忍猫―――つまりタンゴは、オレを不思議そうに見上げていた。
『あとは好きにするといい。お前は自由だ』
 新しい契約を誰かと結ぶもいいし、オレを恨んで襲ってきてもいいし、違う生き方を選んでもいい。
 再びオレは指揮して、不満アリアリの中忍も持ち場に着かせた。
 これで任務もほぼ終了。目的地まであと僅か。
 しかし、どうせ里へ帰ってもまた次に控えているだろう任務を想像してげっそりしたオレは、もうこのことをすっかり忘れていた。
 だって黒い忍猫なんてゴマンといるし、特に特徴があったわけでもないし、あの忍猫がタンゴなんてわからなくてもオレに罪は無いだろう? 誰か無いと言ってくれ。
 だけど、今思い返せばハッキリわかる。あれは確かに、タンゴだった。
 過去のオレに寒気がする。タンゴにどうして、あんな冷徹になれたのか。オレがけしかけた忍犬でボロボロになったタンゴに、傷薬を塗ってやることをしなかったのか。今更どうしようもないことだ、当時は敵の忍獣だった、わかってるけど胸が痛む。

 あれから二年とちょっと。
 タンゴは身体の傷を癒やし、そしてオレの前に現れた―――ということだろうか。
 助けた恩を、感じたということなのだろうか。
 正直、きっかけとかどうでもいい。
 タンゴの過去に興味が向かないのも変わらない。
 でも、タンゴが傍に居ないのは駄目だ。
「タンゴ!」
 オレはたまらなくなって、名を呼び、街の中を疾走した。



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