猫の気持ち、君の気持ち

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  27.君の気持ち(完)  




 オレはタンゴをやっとこの手に抱きしめることが出来て、安堵した。
 ああ、良かった。本当に。

「カカシさん、ごめんなさい」
「良かった……、出て行かなくて大丈夫だよタンゴ。あのバカは綱手様にきちんとお仕置きしてもらうし」
「でも、迷惑を」
 オレはタンゴの頭を撫でた。できるだけ優しく、ゆっくりと、気持ちが伝わるように。
「迷惑なんてないよ。タンゴ、お願い。オレと一緒に居て」
「……ッ」
 にゃーにゃーとタンゴは泣き出した。ビックリした。タンゴが泣くなんて、初めてだった。
「タンゴ?」
 どうしていいかわからないながらも、そんなタンゴをあやしていると、いつの間にかタンゴは泣き疲れて眠ってしまったようだった。
「ふふ、かわいいですね」
 タンゴの寝顔を覗きこんで、イルカ先生が微笑んだ。
 イルカ先生が笑うから、オレも自然と頬が緩む。
「……イルカ先生、ありがとうございます」
「いえ、オレがちゃんとあの時、カカシさんに説明できていたら、もっと早く解決できたんです」
「いえいえ、オレが二年ちょっと前のことを忘れてたのが」
「ああそこじゃなく」
「ん?」
「カカシさんが居酒屋出てきた時のことです」
「………?」
「オレはあいつを眠らせて、このことをアナタに伝えるつもりでした」
「はぁ」
 そうだったのか、とオレは少々ガッカリした。やはりイルカ先生は、オレと紅のことをやきもきしていたわけじゃなかったんだ。そんな理由で、あそこに居たわけじゃなかったんだ。
「でもそうしなったのは……、アナタと紅さんの姿に、嫉妬したからです」
「はぁ……? え、ええっ!?」
 意味を理解した途端、オレは素っ頓狂な声をあげてしまった。
 えっ、あれっ? 何このアップダウンアップダウン、何回繰り返せば気が済むのってぐらい、でも今はアップしまくって、心臓が踊ってるのを止められない。
「にゃっ?」
 おかげでタンゴを起こしてしまった。寝ぼけた眼で、オレを見上げてくる。
「あ、あの、とりあえず、戻りますか」
「………今じゃないと、言えません」
「え?」
 オレは心臓鳴りっぱなしだから正直落ち着けたいのに、イルカ先生はそんなオレの裾を掴んで引きとめた。
 振り返るとイルカ先生の顔が赤いのがわかった。こんな暗い森なのに。そしてイルカ先生のひたむきな目が、オレを捉えて離さなかった。
「カカシさんのこと、信じられなくてすみません。オレは、カカシさんに告白してもらった時、カカシさんの冗談か何かだと思って、信じちゃ駄目だって、そう思って」
「………」
 それはあれか、所謂オレの噂のせいでか。
「アナタみたいなすごい人が、女性にもモテる人が、オレなんか好きになるなんて信じられなくて、っていうか他に数人の女性と付き合っているって聞いていたし、じゃあからかわれているのかと考えたら妙に納得できて、そしたら段々腹が立って、許せないとまで思うようになりました」
「それは、」
「でも今はそうじゃないってわかっています。カカシさんはそんな人じゃない。オレが間違ってました」
 言いかけたオレを遮るように、イルカ先生が言葉を続ける。
 多分、今は全部吐き出させた方がいいんだろう。オレは黙って、イルカ先生の次の言葉を待った。心臓は待てないぐらいドキドキしているけど。
「今まで酷い態度ばかり取って、すみませんでした。どれだけ謝っても、許してもらえるようなものじゃないと思ってます」

 ……あれ?
 ちょっと待って。
 オレの心臓ドキドキ言ってたのに、途端に鎮まる。そして、今度は急にざわざわと騒がしくなった。嫌な予感に。
 なにこれ。甘いムードになる予感に震えていたオレの心臓は、今、嫌な予感に震えているではないか。どういうことだ。なんでこんな展開になっちゃうの。
 このままじゃ、イルカ先生、「じゃあさようなら」って言って去って行きそうじゃないか。それは嫌だ、困る、っていうかそれこそ許せない。悪い奴を捕まえて、タンゴも無事で、これでハッピーエンドじゃなかったのか。
 焦ったオレは、イルカ先生を捉えるべく手を伸ばした。
 だけど、違った。

「―――好きです」

「え」
 オレはきっと今、世界中で一番間抜けな顔してると思う。それはわかっている。自覚がある。だけどどうしようもない。今はそれどころじゃなかった。まさかの告白に、それどころじゃなかった。オレは今、わが耳を疑いつつも、聞き間違えじゃないことを祈ることで必死だったからだ。
 イルカ先生はそんなオレをじっと見つめた。その一途な黒い瞳が潤みだす。
「カカシさんが好きです。もうつまらない意地は張りません。許してくれるなら、オレのこと、もう一回好きになってくれませんか」
「……―――」
「い、いえ、すみません、オレ図々しいってわかってます。嫌われても自業自得だって、でも、オレがアナタを好きなのは、許してください」
 イルカ先生の瞳から、ボロボロと雫が溢れていく。
 ごめんタンゴ。思ったその直後、空気を読んだようにタンゴが腕の中からスッと抜け出していった。もうこの腕の中には何も無い。だから、オレは。
 思い切り、イルカ先生を抱きしめることができた。
「……イルカ先生」
 たまらず名を呼ぶと、少し掠れた声になった。呼応するかのように、イルカ先生の腕が背中に回った。
 抱きしめられているのは身体なのに、まるで心臓を掴まれているように息苦しくて、だけど辛くない。喉を押し上げる息が熱く、窒息しそうだ。ああ、なんだろうこの感覚。奥の方で疼く何かに押されるように、オレは口布をずらすと、イルカ先生の顔を両手で挟んで、そして口づけた。しょっぱい味にけれど恍惚として、彼の目から零れているものを拭う。目尻を舐め取った。同じ味がした。
 間近にあるイルカ先生の潤んだ目が誘っている。わかる。オレは誘われるまま、またキスをした。
「もう一回も何も、困ったことに好きなまんまなんです」
 囁いて、キスを繰り返す。そうするうちに深いものになり、互いに貪るように、舌を絡ませて吸い、唾液が唇から零れても構わず続けた。どれだけ深く重ねても、全然足りなかった。息苦しいのに、もっともっと、深く奥まで求めてしまう。
「ふ……、ぁ」
 イルカ先生の零す吐息に、ゾクリと背筋が震えた。
 駄目だと思って、オレはイルカ先生の身体を離した。
「……ええと、」
「……はい」
「とりあえず、帰りましょうか」
 こんな場所でサカるなんて、許されるのは若年層か畜生ぐらいのものだろう。三十路近い大人のすることじゃない。―――なんてオレは冷静で常識ある態度を取っているけど、その実は結構テンパってて、みっともない姿をイルカ先生にさらしたくないのが実情だ。絶対、悟られたくないけど。
 でもさっさと家に帰りたい。
 そんな風に思っていたオレの手に、するりとイルカ先生の指が絡まった。
「……!」
「オレの家でいいですか? それとも、その、……もしかして、ここでお別れなんですか?」
 たどたどしい誘い文句に、潤む瞳、染まる頬。そんなものに間近で覗きこまれて、オレの頭の中は沸騰してどうにかなりそうだ。
 オレはタンゴをひっつかむと、片手にタンゴ、もう片方の手にイルカ先生を抱えた。まさに両手に花だ。
 こんな幸福、あっていいのだろうか。
 わからないけど、掴んだからには手放さないと決めた。
「わっ」
「オレの家に行きます。……離しませんからね」
 もう、絶対。
 イルカ先生が低い声でまた「離してください」って言ったって、離さない。
 どちらともにも告げて、オレは任務でもこれだけ疾走したことないんじゃないかと思うぐらいのスピードで家路を辿った。



(完)




(13.04.21)
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