ライドウと青葉、そしてゲンマ
その日、珍しいことにライドウは青葉と二人で飲んでいた。
場所は青葉の部屋だ。
青葉の部屋で、缶ビールとつまみのチーズやスルメイカなどが、二人の間に置かれている。
何故こんなことになっているかというと、単純な話で飲みたい気分で酒とつまみを買ってきたライドウだったが、一緒に飲もうと思っていたゲンマが仕事で不在と宛てが外れ、じゃあとアスマを誘おうかと思ったらアスマも不在ときた。あとこの木の葉荘には、イルカと青葉しか居なかった。
イルカを誘おうと思ったが、その手前で青葉とバッタリ遭遇した。そこでライドウに魔がさした。……としか形容しようがない。青葉が酔ったらどうなるのか、興味が沸いたのだった。
そしてライドウは現在、数時間前の自分を呪うほど後悔している。
「……聞いているのか並足」
青葉は半眼で鋭くライドウを見据えた。
「きっ、聞いてますっ」
本当は半分以上聞き流していたのだが、ライドウは慌ててそう答えた。
そうかそうか、と満足げに頷いた青葉は、またとうとうと語り始めた。
げんなりとしながら、ライドウはその責め苦を受け入れるしかない。
青葉は、元来無口な男だ。
彼が口を開くことを、この数ヶ月共に暮らして来たなかでイルカが不在の時は経験したことがあまり無い。それぐらい、彼はいたって無口な男だ。
勿論、話しかければそれなりに返事はあるものの、それだって必要最低限に収められていた。
とっつきにくい部分がありはしたが、それはイコール信頼できない、というわけでもなければ、嫌な男というわけでもない。そういう人間なのだと理解すれば、特に問題も無かった。
青葉は無口であり、そして成績優秀な男だ。ただ今名門木の葉大学において、イルカと同じく特待生であるし、四回生だが就職活動をせずにそのまま大学院に進むらしい。一体何の研究をしているのか知らないが、ともかくも頭が良い男なのだ。
彼もこの木の葉荘に住んでいるわけだから、両親が居ないということはそれだけで知ることができる。だが、彼が他に家族が居るのかどうかまでは知らないし、聞いたこともなかった。なにやら複雑そうなものを抱えているのだろう、それだけはなんとなく知ることができた。
そして。
次が一番大事だ。
青葉は、イルカに狂っている。
そう表現しても差し支えは無いだろう。ライドウはボギャブラリーが豊富ではないので、それ以外に当てはまる言葉を知らない。
彼の中において、イルカは天使なのだ。
他人がそう聞けば、噴出すか頭のおかしい人なのかと同情するか、あるいは普通に引くか、どれかだと思うのだが、青葉は真剣にそう思っている。イルカは天使で、決して誰人も侵してはならない聖域なのだ。
一体何があって、堅物としか言い様のないあの青葉がイルカにそうなってしまったのかは知らないが、数ヶ月暮らした上で嫌というほどそれを思い知らされたライドウだった。
―――否。
まだそれより上があったのだ。
それを今、ライドウは否応も無く体験させられている。
そう、最初は無口だった。
飲み始め、しゃべっているのは専らライドウだった。
ライドウは空気の読めない男というわけでもないが、無口な青葉が醸し出す『ほっといてくれない?』という空気にひるむこともない。青葉がしゃべらなくても、あれこれと日常の事からテレビまで話題に出して酒を飲んでいた。青葉が酔うと、どうなるのだろうと興味深々で。ライドウにとって、青葉と酒を酌み交わしながら会話するということではなく、酒に酔わせたい、ということが主眼だったのだ。
酔った青葉は、笑い上戸になるか、泣き上戸になるか、怒り上戸になるか、絡み上戸になるか。―――ライドウはわくわくと好奇心に胸を躍らせていた。
何せ青葉は、イルカのことになると髪の毛一本までおかしい人間に成り下がるものの、イルカが絡まないと何者にも崩されない、超堅物で優秀な男なのだ。イルカ不在の今、酒に酔って青葉がどう変わるのか。
別に酔わないなら酔わないでも良かった。極端な話、ライドウはそれぐらい暇だったのだ。
前置きが長くなってしまったが、ともかくもそんなこんなで酒を飲ませ、青葉は酔った。ライドウの試みは、成功したと言ってもいい。
だが、ライドウの考えは砂糖菓子のように甘かった。ゲンマの評価によると、ライドウは小学五年生レベルらしい。
そんなわけで、ライドウは絶賛後悔中であり、そして誰か助けてくれないものかと階段を上る足音に耳をそばだてている。
先ず、酔い始めた青葉は口を開きだした。
缶ビール二本目の時だった。しゃべり始めた青葉に、ライドウは特に驚くこともなかった。言葉があまり途切れず、とつとつと話すことで、ああ青葉は酔っているのか、と思った。
それが。
缶ビール三本目あたりで、青葉に変化が現れた。
別に外見上などのことではない。
話す内容だ。
イルカの話しになったのだ。
青葉=イルカの話、なのは何も珍しいことではなく、イルカの話題になった時にライドウは全く警戒などしなかった。慣れたもので、本当にイルカが好きなんだなぁ、と思う程度のことだ。
イルカは天使。この考え方に拒絶反応さえ無いのなら、別に話に付き合うことはそれほど苦痛というものでもない。青葉は他人の意見など根本的に求めていないから、ただ聞いているだけでよかった。ライドウは既に、青葉のイルカ語りを真面目に取り合う気持ちは無い。右から左である。
続
非常にどうでもいい話がだらだら続きます。
(09/12/25)