ひとつ屋根の下番外

ライドウと青葉、そしてゲンマ3




「いいか並足よく聞け。オレはこれから大学に忍び込んでコンピューターウイルスを作成する。それを畠財閥のメインコンピューターに投入するのは……お前の仕事だ」
 青葉はライドウの肩をポンと叩いた。目が点になったライドウは、なんとか反応してみせた。
「お……オレェエエェー!?」
「ああ」
 コクリと真面目な顔をして頷く青葉を、ライドウは信じられないものを見る目で見つめた。
 青葉はいたって真剣である。かけらも冗談を交えてなどはいない。本当に、そうすることができると信じ込んでいる。
 酔うとこんなにアホになるのか。しかしそれだけでは納得できないぐらいの穴だらけの理論と作戦だった。
 酔っているからなのか、それとも素なのか。ライドウには測りかねた。
「なんでオレ? え、なんで? っていうかどうやって?」
 方法があるのならするのか、と問われれば答えはノーだが、それでも問わずにはいられなかった。大体メインコンピューターってなんだ。それより、畠財閥がどんなビジネスをしているのかさえ知らないというのに。
「実行犯はオレとお前しかいないんだ。オレができないのなら、お前がするしかないだろう」
「いや、だからなんでオレがっ!」
「実行犯はオレとお前しかいな……」
「そういう説明を求めているわけじゃなくて! どうしてオレまで共犯になっちゃってるんスか!? オレそんなことしませんからね」
「……お前は……イルカが大切ではないというのか」
「え……いや……」
「見損なったぞ並足ライドウ。お前はイルカのことをオレの次の次の次の次の次の次あたりに大事に思っていると信じていたのに」
「……あの……」
 それってどれぐらいのポジションなのだろうか、とちょっとだけ気になった―――というのは置いといて。
 イルカを大事に思わないわけはない。今まで一年近く一緒に暮らしてきたわけである。イルカに色々と世話にもなっている。元来長男気質のライドウにとっては、イルカは弟的ポジションであり、庇護欲だってないわけじゃない。
 だが。だからといって、できることとできないこともあるわけで。更には、それがイルカの為になどならないということが重要だ。問題はそこなのだ。
 しかし、ここでライドウは挫けてしまった。
 青葉という男を、この男をどうやったら説き伏せることができるのかだなんてそんなところまでいかずとも、どうやったら言葉が通じるのか、という次元でライドウは躓いている。そしてそれは無理だと悟ってしまったのだ。だから二の句が継げない。
 ライドウはじわりと涙ぐんだ。負けず嫌いな男であり、諦めるということが嫌いな男でもある。目の前の不条理に対抗する気力を失ってしまった己に対して、涙がでるほど悔しかった。

 ライドウは、子供時代、いわゆるジャイ●ンだった。つまりはガキ大将である。古き良きガキ大将だったライドウは、負けることをよしとはしなかった。そして、誰かに助けを求めることもしなかった。誇り高いともいえるし、意地っ張りともいえた。ともかくもガキ大将だったのだ。
 ス●オのような舎弟はいなかったがジャイ●ンだった。
 リサイタルを開かなかったがジャ●アンだった。
 オンチだった。ジ●イアンだった。
 ともかくも、そんなライドウは、多分人生で初めて目の前の男に屈した。
 そして。
 人生で初めて、助けを求めた。

「……ゲンマッ、居るんだろ! 助けろよ!」
 そう叫んだ十秒後ぐらいに、キィ、と微かな軋む音を立てて、青葉の部屋のドアが開いた。
 現れたのは、やる気の無さそうな、ため息を吐いた後のような顔をした不知火ゲンマだった。
 階段の足音に耳をそばだてていたライドウは、ゲンマが既に二階に上がっていたのを知っていた。ライドウは最初にメールしている。青葉の部屋で飲んでいるから、帰ってきたら来いと。そしておそらくは二人が中でどんな状態になっているかを知っているから入ってこずに、面白がって放置しているだろうことも。
「不知火」
「どーも。そこのアホ、回収に来ました」
 アホ、と顎で示されてライドウは不愉快ではあったものの、同時にホッとした。
「それは困る。並足にはこれからやってもらわなければならないことがあるんだ」
「ああ。カカシさんなら、もうすぐここに戻ってきますよ」
「え、ええっ!?」
 ライドウと青葉が同時に反応した。
 しれっとした顔で、ゲンマは「良かったですね」と言った。
「よ……良かった……」
 心の底からライドウはそう思った。


 結局、戻ってくるなら戻ってくるで、それはそれで面白くない青葉ではあったが、もう全く放置してそそくさとライドウはゲンマと共に退室した。
「あー良かった。カカシさん、いつぐらいに戻ってこれんだ?」
 青葉の部屋のドアを閉め、ひと心地着いたライドウは部屋に戻りながらゲンマに尋ねた。
 するとゲンマは、「さあ」と答えた。
「……は?」
「まぁ、そのうち戻ってくるだろ」
「………―――」
 絶句したライドウを置いて、あくびを一つしたゲンマはさっさと自室に戻っていった。

 扉が閉まり、数秒後にライドウは、徐々に自身に溜まっていくいかんともしがたい怒りに似た何かが込み上がってきて、そして。
「……ゲンマッ! 付き合え!!」
 こうなりゃ自棄酒だとばかりに、ゲンマの部屋に突撃した。








(10/02/20)