黒き焔弐

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 イルカは部屋に入らず、そわそわしながら宿の出口を見ていた。
 カカシが羅依銅と二人で、何の話があるというのだろうか。
 ここまでずっと、片時も自分を離そうとしなかったカカシが、前にも一度、離れて羅依銅と話をしていたことがあった。別に勘繰る気はないが、落ち着かない。
「…気になりますか?」
 そんなイルカに、減摩が声を掛けてきた。
 イルカは真っ赤になって、首を振った。
「い、いいえっ別に」
 そんなイルカに、減摩はくすりと笑った。
 大方、もうそろそろ戻ってくるだろう。
 そう思っていると、宿の出入り口から、羅依銅が姿を現した。
「うああああっ」
 叫びながら、目を瞑り、手で耳を塞いでいる。そんな格好のまま、部屋へと一目散に入って行った。
「…ど、どうしたんでしょうか」
「あー大丈夫。心配無いから」
 減摩はあっさりとそう言い、イルカの肩をぽんと叩くと、部屋に入って行った。
 残されたイルカは、暫し出入り口を見た。が、カカシは戻ってこない。一体どうしたのだろうかと気になり、イルカは宿の外に出た。
 外はもう薄暗く、明かりがないので遠くが見えない。
 カカシは何処に、と探していると、宿の裏側に、その姿を見つけた。ホッとして、イルカがカカシに近づこうとすると、同じくカカシに近づいてくる人影が見えた。
 女だ。それも、先程町中で見た、カカシをじっと見ていた美しい女だった。薄暗くてもそうだと分かった。
 そして、驚くことに、カカシはその女の誘うままに、二人何処かに向って行った。
「…え…?」
 一体どうしてと、イルカは自分の目を疑った。カカシが、どうしてあのひとと一緒に。
 暫しの後、イルカも二人の後を追いかけた。





 カカシは女に、とある小さな小屋のようなところに連れられていった。中は暗い。隙間から月の光が入っていた。
 イルカはその小屋の前に立ち、どうしようかと思った。カカシを連れ戻すべきか、否か。 …だが、カカシが自分の意思でここに来たのなら、イルカにはそれを邪魔する権利は無い。
 しかし気になるもので、中をそっと窺った。二人の姿は辛うじて見えるが、何を話しているのかは、聞き取り難かった。


「…教えてくれるっていったけど、早くしてくんない?」
 カカシは女の後に続いて小屋に入ると、そう口を開いた。
「まあ、せっかちね」
 女はくすりと笑い、カカシの頭に被せてある布を取った。
「…思った通り、いい男ね…」
 暗いので、カカシの髪や眼の色などは分からない。ただその端整な顔立ちは分かる。女はカカシの手を引き、敷かれた藁の上に共に腰掛けた。
 女はカカシの頬に手を滑らせ、そうっと顔を近づけた。
「…何する気?」
 その女の肩を押して、カカシは遠ざけた。
 あら、と女は訝しい眼で自分を見るカカシを不思議に思った。
「もしかして、接吻も知らないの?」
「知ってる。でもアンタとする必要は無い」
「…どうして?」
「俺はアンタに、抱き方を教えてもらうだけだ。さっさと教えてくれ。イルカが待っている」
「抱かせてはあげるわよ。でも接吻ぐらい…」
「…は? 何で俺がアンタを抱くの?」
 本当に訳が分からないといった顔で、カカシが言った。
「抱き方を知りたいんでしょう? だから、私を抱かせてあげるのよ。身体で教えてあげる」
 女は、カカシを女を知らぬやりたい盛りの少年だと思っていた。当たらずとも遠からず、だが根本が違った。
「いらない。俺はアンタの抱き方が知りたいんじゃない。イルカの抱き方が知りたいだけだ」
 女は、ぽかんとした顔をしてカカシを見た。
 カカシは、結局知ることは出来ないのかと、諦めの溜息を吐いた。そして女から身を離し、小屋から出て行った。

 外に出ると背後からぴゅうと風が吹き、カカシは振り返った。するとそこには、イルカが居た。
「イルカ…!」
 カカシは驚き、イルカの元へ歩み寄った。
 イルカは、眼にいっぱいの涙を溜めて、カカシに走りより、抱きついた。
「イルカ」
 ぎゅうと自分に抱きつくイルカ。イルカから抱きついてきたのは初めてで、カカシは思わず嬉しくて頬を綻ばせた。同じく、抱きしめ返す。
「…ごめんなさい、カカシさん」
 そうしていると、イルカが侘びを告げてきた。一体何のことだと、カカシには分からなかった。
「何が?」
 ぱちくりと瞬くカカシに、イルカは「でも嬉しい」と続けた。さっぱり分からない。
「俺、頑張りますから。俺も、勉強しますっ」
「? …え、えっ、それって」
 あんまり痛くて恥ずかしくて堪らなかったから、本当はもうしたくなかった。あれから、カカシはやりたそうにしていたのは流石に分かっていたが、やり方が分からないので出来ないのだとも分かっていた。だから、このまま知らないままでいいと思っていたのだが。

 ――誰かにとられたくなんかない。

 自分を選んでくれて嬉しかったが、カカシが他の女などを選んだとしても、自分には文句が言えないのだ。何たって、することが出来ないのだから。男として、それは辛いだろうことは分かる。
 自分はもう、この鼻の傷を付けられてからずっと、カカシのものなのだけれども。

 勉強すると言った意味を悟ったカカシは嬉しそうに、頬を染めてイルカに頬擦りをした。嬉しいと呟く。
「早く出来るよう、勉強しよーね」
「はいっ」
 嬉しそうに笑いあい、二人は宿に戻っていった。
 そんな二人を見ていた女は、あんな子供に負けるなんて、しかも男に! と、地団駄を踏んだ。<


 宿に戻ったイルカは、こんなことを尋ねれるのはこの人しか居ないと、――羅依銅を選んだ。

 羅依銅は、またも意識を遠のかせることになるのだった。








(05.04.18+05.04.20up)
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