猫の気持ち、君の気持ち

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  1. 空の気持ち  




 ある日突然だ。
 突然空から何かが降ってくるとする。
 それが生き物の形をしていたとしたらだ。
 思わず助けようとするのは、勝手に身体がそう動くのは、いいことなのか悪いことなのか。
 おそらく一般論でいうならば、助けるのが善人であり所謂ヒーローというものであるのだが、残念なことにそうならないこともあるのがこの世の中というものだ。
 付け加えておくならば、オレは善人でもなければヒーローなんてものでもない。
 ただそう動いたのは、それがオレにとって知人であり、そしてこのままでは死ぬと思ったからだ。
 だからオレは咄嗟に動いた。
 落下地点目がけて足を動かし、両腕で落ちてきたものを抱きとめた。衝撃で腕が痛んだが落とすこともなく、多分目撃者が居たとしたらオレはとんだスーパーヒーロー、いや王子様に映ったに違いない。それぐらいスマートかつ格好良く助けた自信はあった。
 しかし世の中というものは。
 運命の輪というものは。
 というか、この助けたはずの人物は、オレには優しくなかった。

「―――っと、セーフ。……大丈夫ですか?」
 助けてすぐにオレが発した台詞がこれで。
 なのに助けられたはずの人物の台詞は以下の通りだ。

「…………離してください」

 とても落ち着いたトーンだった。
 いや落ち着いたトーンというのは、かなり、ものすごく良い風に言っているのであり、別に悪くいうわけでもなく正確に表現するならば、地を這うような。そんなひどく低く、そして冷めた声だった。
 声だけではない。表情には憎しみが溢れていた。
 助けたはずなのに、まるで悪いことをした相手にするような、そんな反応をされたら、オレじゃなくたって面食らうと思う。
「………」
 とりあえず、そのまま抱きかかえているのもなんなので、オレはその相手を―――うみのイルカという中忍の男を地面に下ろした。
「……言っておきますが」
 うみのイルカは、地面に着地するなりまるで穢れを落とすかのようにパンパンと身体のあちこちを手で叩きながらこう言った。
「オレは助けてくれなんて言ってないし、助けられたとも思ってませんから」
「…………」
 なんだろう。
 オレは「ああそう」とでも冷淡に返せばよかったのだろうか。それともキレてみせればよかったのだろうか。なんだその態度はと。
 でもオレは何も言わなかった。
 腹立たしいわけでもなく、悲しいわけでもなかったからだ。
 ただ、驚いていた。
 それゆえ、オレの頭の中はうまく機能していなかった。
 オレの顔を見ようともせず立ち去っていくうみのイルカの後ろ姿を、ただぼんやり見つめていた。

「アンタさー、何かしたの? イルカに」
「……さぁ」
 した、といえばしたのかもしれないし。
 曖昧な返事をしたオレの前に、多分一部始終を見ていたのだろう夕日紅がサッとどこからか姿を現した。オレはこの女の登場には、特に驚くことはなかった。なにせついさっきの一件で、頭の中がうまく機能していないのだから。まぁ、ただでさえここはアカデミー校舎内であり、色んな忍びが往来している中庭である。誰が目撃していても、何もおかしいことはない。空からイルカが落ちてきたことはおかしなことだと思うけど。そういえばどうして彼は空から―――まぁ、もうどうでもいいか、それは。
 そんなことは、どうでもいいのだこの際。
「何それ? カカシ」
 聞かれたってわからない。
 うみのイルカのことなど、オレにはわからない。
 わからないけど―――好きだった。
 フラれたけど、咄嗟に助けようとするぐらいには、好きだった。
 オレは―――はたけカカシは、オレのことを振った彼のことが好きだったのだ。
 だが少なくとも、オレが好きになったのは、あんな彼じゃなかった。オレが好きなイルカ先生のイメージファイルのどこを開けても、あんな表情は載ってなかったし、あんな声も初めて耳にしたものだった。
 そこでオレは、ようやく気付いた。

 なんだそうか。
 オレは彼に、嫌われていたのか。

「…………」
 フラれた時もショックだったが、これにはまたショックを受けた。
 何も答えずにいると、紅は不思議そうに眉を寄せてオレの顔を覗きこんできた。ほっといてくれ。あんまり突っ込んで欲しくない部分があるというのに、どうしてこの女は男心がわからないのだろう。それだから男ができないんだ……とは言わないけど。
 ほっといてくれ、今は。



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