猫の気持ち、君の気持ち

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  2. どうでもいい気持ち  




 空から降ってきたイルカ先生を助けた―――ことになるのかならないのか、彼自身は助けてもらったなんて思ってないとのことなのだが、それからは特に彼と何か会話をすることもなかった。
 以前はアカデミーと任務受付を兼任していたイルカ先生は、大蛇丸の木ノ葉崩し以降はあまり受付に立たなくなり、任務に従事することが多いらしい。風のウワサで聞いた話だけど。
 まぁ、そんなわけで。
 同じ里の忍びなわけだから、顔を見かけることはあるけれどもそれだけで、つまりは距離が縮まることはないということだが。
 それが前まではもどかしかったけど、今はそんなことはなかった。
 彼に嫌われている、と自覚をしてからというもの、なんだか冷めてしまっていた。
 心が凪いでいるというか。
 別に彼を見かけたところで、心が騒ぐことはなかった。ただ遠目に彼を見て、その存在を認識するという、ごく普通の反応をするだけだった。

 そんなオレの心が、久しぶりに波立つことがあった。
 たまたまのタイミングで、オレが通りかかった道の先にイルカ先生が、おそらく同僚と思われる男としゃべっていた。
 特にどうとない場面だったろう。ただ二人が楽しそうにしゃべっていただけだ。それだけだった。
 なのに、オレの心は波打ち、激しく荒ぶように怒りが巻き起こった。
 イルカ先生が笑っていたのだ。
 オレをあんな目で、あんな憎んでいるかのような目で見上げていたイルカ先生が、楽しそうに笑っていたのだ。
 彼が笑っているところを見たのは、思えば久しぶりだった。
 イルカ先生の笑顔は、そもそもはオレが彼を気に掛けるようになるきっかけだった。
 それが今、オレの心をこんなにも乱している。
 冷めていた心は一気に荒れて、オレは、―――うみのイルカに憎しみに近い感情を抱いた。



「―――あーそうですかっと」
 任務帰りにオレはしこたま酒を飲んだ。
 お気に入りの秘密の店で一人で好きなだけ飲んで、気分が良かった。
 気分良く歩きながら、うみのイルカのことを思い返していた。
 嫌いなら嫌いでいい。
 オレだってもう嫌いだ。大っきらいだ。
 なんだあれは。オレのこと、コケにして―――などと、オレはぐずぐずに崩されたプライドを立て直していた。
 オレにだってプライドはある。
 別にそれは里の上忍だとかなんだとかではない。一人の男としてのプライドで、そう高くはないが低くもなかった。それを踏みつけられたのだ。
 どうでもいい、どうでもいいよ。
 何度も繰り返す。
 どうでもいいってタイトルの歌を作って、大声で歌いたいぐらいだった。

 と、そんな時だ。
 空からまた、何かが落ちてきた。

「………―――」
 酔っぱらったオレは、それが何か認識する間も無く、咄嗟に手を伸ばしていた。
 オレはヒーローでも善人でも何でもないというのに。
 それでしょっぱい思いもしたのに。
 オレは馬鹿でもなんでもないと今の今まで思っていたが、そうではなかったらしい。ともかくも、手を伸ばして空から降ってきた物体をキャッチした。
「……っと、………猫?」
 オレは忍びだから夜目に強い。街灯なんて無くたって、夜でもそれほど困らなかった。
 空から降ってきたのはあの男ではなく、猫だった。
 黒く、中ぐらいの大きさの猫。
 猫はぐりぐりした目をオレに向け、じっとオレを見ていた。
「……あ、……ありがとう、ございます」
 そして、その猫はそうしゃべった。
 でもオレは、猫がしゃべろうがどうしようが、特に驚くことも動揺することもなかった。
 ただ、礼を告げられたことには―――多少なりとも驚いた。
「忍猫?」
 つまりはそういうことだろう。黒猫はこくんと頷いた。
 忍猫がどうして空から降ってきたのか、一応空を見上げてみたが、あそこから落ちてきたと思われる高い屋根の上には何も見当たらなかった。
「なにがあったかしらないけど、あのまま落ちてたら危なかったよ」
「はい。本当にありがとうございました」
 ドジな忍猫だなぁ、と思いつつ猫を地面に下ろした。
 そのまま立ち去ろうとすると、黒猫はオレの後をついてきた。
「何?」
「あ、あの」
「……?」
 オレは歩きながら首だけ後ろを振り向いていたが、一旦足を止めた。
 黒猫はおずおずといった様子で、だけど意を決したようにこう告げた。
「私をアナタの下僕にしてください」
「……はぁ?」

 唐突な申し出に、オレは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。



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