猫の気持ち、君の気持ち
3. 疲れた気持ち
オレの家は割合辺鄙と言われる部類の場所に在る。
それは全然苦になるものでもなく、騒々しくない環境を気に入っていた。
「ふぅ」
自宅に戻ると先ずすることは、ベッドに腰を下ろすことだ。
この部屋には大きなベッドがひとつ存在感を持っている。というか、他は特に何もないせいだったりする。でも、これで不便を感じたことはない。部屋とは寛ぐためのものであり、その大部分はこのベッドが与えてくれていた。
良い酒を飲んで、気分よくなって、この家に戻ってすることといえば風呂に入って寝ることぐらいだったはずだ。
それなのに、あの気分の良さは消えさっていた。
それはこの家に戻るまでに、猫と遭遇したせいだった。
「なんだあれは」
ぼやいてみた。
突然空から降ってきた猫は、忍猫だった。
その忍猫は、助けてくれた恩返しのつもりなのか、下僕にしてくれと願ってきた。
下僕ってなんだ。正直人間及び獣に至っても、そんなこと言われたのは初めてだったので面食らった。
そもそも忍猫だろうが。忍猫が下僕ってなんだ。まだ契約しろというのならわかるが、それだって向こうから懇願するようなものじゃない。オレは忍犬と契約しているけれど、それは修行した結果得たものだ。
それに、忍猫そのものに興味なんてまるでなかった。契約だってする気はない。しかもだ。
「忍猫なのに落ちて死にそうになるくせに……」
そんな使えそうにない忍猫など、言語道断というものだ。
なので速効、御断りをした。
それなのに、忍猫は食い下がった。どうか下僕にしてくれと懇願を繰り返したのだ。
これじゃあ埒が明かないと、オレはその場を去ったのだが、忍猫はオレについてきた。振り払っても振り払っても、オレを探してついてきた。どうにかまいて帰ってきたのだが、そのせいであの楽しかった気分は台無しだった。
しかし許すとするか。奇妙な忍猫だったが、まぁ、もう二度と会うことはないだろう。
さっさとシャワーでも浴びて寝るか、とオレは浴室へ向かった。けれども、なんだか異質なものの気配を感じ取り、オレは周囲の気配を探った。
「ご主人さま」
「………」
オレはギクリとして足を止め、振り向きたくないけど振り向いた。
するとそこには、あの忍猫が居た。
「…………おまえ」
どうしてここに。
忍猫はオレをうかがうように見上げ、そして足元に近寄ってきた。
「あのね」
オレはしゃがみこんだ。忍猫と視線を合わせる。
「オレは断ったでしょ? 何勝手に人ン家に入ってきてんの」
「やはり下僕としては、ご主人さまのお役に立ちたくて」
何がご主人さまだ。
「断ったって言ってるでしょ」
オレは忍猫の首の後ろをつまんでひょいと持ち上げ、家の外へ追いやった。普段はかけないドアの鍵をかける。
ドジだが腐っても忍猫。気配を殺すことができるのか。油断していたとはいえ、家屋に入られるまで気付かなかった。
なんだか疲れた気分で、オレはシャワーを浴びた。
任務受付所に入ると、久しぶりにイルカ先生が受付に立っていた。
受付所に入ってすぐ、オレと目が合ったけど、彼はすぐに逸らした。
別にいいけど。
オレは室内に入り、台の上で報告書に記入する。事務仕事が好きじゃない、というか面倒くさいので、オレはこれが苦痛だ。適当に記入していく。
イルカ先生はオレのことなんて気にも留めず知らんぷりって顔だ。本当憎たらしい。オレの恨みビジョンがそう見せてるって? そんなことない。決してない。多分ない。
ああ、また笑ってる。楽しそうでいいね。
あのひとの世界にはオレは不要な人間なんだと、そう思い知らされる気分になる。
「次の方」
「……どーも」
別にイルカ先生の受付なんて嫌だったけど、今ここしか開いてなかったのでしょうがなくオレはそこに立った。イルカ先生はオレに視線を合わせようともせず、黙々と作業を進めて行く。別にいいけど。
「はい、結構です。お疲れ様でした」
イルカ先生は、最後までオレと目を合わせることすらしなかった。実に事務的な文句を告げられ、オレは踵を返した。
ああホント。胸くそ悪い。
どうして彼が好きだったのかなんて、思い出せないぐらいに。
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