猫の気持ち、君の気持ち

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  4. 下僕の気持ち  




 空にはもうコリゴリだ。
 もう何が落ちてきようが、絶対見て見ぬフリをするぞ、とオレは空に誓いを立てた。

 そんなオレの少し後ろを、あの忍猫が歩いているわけだ。
「………」
 これで何日目だ。
 あれからというもの、毎日毎日ストーカーもビックリなぐらい存在をアリアリとつけてくる。別に天下の往来なわけだから、 オレの後ろを歩こうが何しようが忍猫の勝手だが、だからといってオレが全く気にしないわけでもなかった。
「……ん?」
 なんだか雨が降りそうな気配を感じてはいたが、そろそろ限界らしい。あまり空を見上げないようにしていたので、いつ頃降りだすのか予想してなかったが、 家に帰りつくまでもたなかったか。
 と予想しているうちに、ポツポツ、と大きな雨粒が頬に落ちてきた。これはヤバい。オレは家まで駆けた。
 雨はすぐに本降りとなり、ザーッと周囲を白く包むほどだった。家に到着するまでにわりと濡れてしまい、服が肌に張り付くのが不快だった。
 ドアを開ける前に、オレはふっと考えるより先に背後を振り返った。
 そしてそれを見て、自分が嫌になる。
「………入れよ」
 ズブ濡れの忍猫を促しながら、オレはこの忍猫を無視しきれぬ己を呪った。


 タオルを一枚投げてやると、忍猫は器用にそれで身体を拭う。
「ありがとうございます」
「雨止んだら出てってね」
 忍猫を見ないで言うと、忍猫はお礼を言った時とは違って声に張りを無くした。
「……どうして駄目なんですか?」
「オレ犬派なの」
「……犬……ですか」
「そう。だから出て行って」
「……………」
 忍猫はしゅんと項垂れてみせたものの、動こうとしなかった。
「…………お願いです、私をアナタの下僕にしてください」
「……あのねぇ……、つーかなんなのその下僕って」
「だって私、アナタの使役獣になるには実力があんまりで」
 わかってたんだ。
「だから下僕にぐらいはなれるかと」
「どーゆー理屈なの……」
 オレは頭をおさえた。
「別に助けた恩返しとかいらないから」
「………」
「わかった?」
「……恩返しとかじゃ、ないです」
「じゃあ何よ」
「アナタの傍に居たいんです」
 消え入りそうな声だった。
 か細くて、頼りなげで。猫がこんな声を出すのかと、内心驚いた。
 なんだかえらく好かれたというか。
「おまえ、誰かと契約してないの」
「はい」
「以前の奴とかは? 死んだとか?」
「…………」
 俯いて黙り込んだ。言いたくないのか。別にいいけど。

 つくづく、オレはオレが嫌になる。
「…………わかったよ」
 深い溜息を吐きながら言った。
「えっ」
 忍猫はひょこっと顔を上げた。
「下僕ね下僕。いーよそんで」
 それで気が済むというのなら。飽きるまでそうしていればいい、と半ば以上やけっぱちな気持ちになった。
 忍猫は戸惑いつつも嬉しそうな感じでオレに近づき、足に擦り寄った。
 プライドの高い忍猫がする仕草ではない。本気で下僕になるつもりなんだ。
「それではご主人さま、私に名前を付けてください」
「……は? 名前?」
「はい」
「おまえ、名前無いの?」
「はい」
「そんなわけないでしょ」
「……ご主人さまに付けて頂きたいのです」
 どうか、と頭を擦り付ける。
「…………」
 その時、ふっと、オレに魔が差した。完全に。そうとしか思えない。
 下僕か。

「―――じゃあ、イルカ」

 それがオレの下僕の名前だ。
 我ながら頭がいい。面白い発想だと感心しきりだった。
 あんな奴、オレの下僕の名前にしてやる。どうだ。お前なんてオレにとって、もはやその程度なんだよ。
 ……なんて、よくわからない腹いせをした。
「イルカ―――、ですか」
 気に入ったのかどうなのか、忍猫は抑揚なく繰り返し、またオレに頭を擦り付けた。



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