猫の気持ち、君の気持ち
24.怒る気持ち
「どうしてくれようか」
本当に。
オレは足元に転がる忍びを見下ろして呟いた。
意識の無い身体は、目覚める気配が無い。よほど濃厚に眠り薬を嗅がされたのだろう。アレをあんま嗅がせると、意識が混濁しちゃって麻薬よりよっぽどタチ悪いんだけど。
イルカ先生って、結構あれよね。容赦無いよね。
「……ま! 別にこんな奴、容赦しなくっていいんだけど」
オレはしゃがむと、しょうがないから忍びを肩に担いだ。重い。意識無いと重いから嫌なんだけど、ここで起こして騒がれたらもっと面倒だからそのままにした。
「まったくアホばっか」
本当に、愚かしい。こいつも、オレも。
……なんてぼやいている場合じゃなかった。
「さてと」
オレは縛った男を肩に担ぐと、とりあえず火影の屋敷へ向かった。この男の処遇を、綱手様に任せる為だ。オレがやっちゃうと、うっかり殺してしまうかもしれないから、それが一番だろう。
タンゴのことが気になったが、ここは信じるしかなかった。
夜を駆け、五代目の居る火影邸に到着すると、シズネが出迎えてくれた。
「どうしたんですか、カカシさん」
「ごめん遅くに。綱手様居る?」
「綱手様は、そりゃ居らっしゃいますけど」
「取り次いでもらえないかな」
シズネはオレを見て、そしてオレが担いでいる男を見て、またオレを見た。
「わかりました。お待ちください」
屋敷の中に入れてくれる。
「なんだい、こんな夜更けに」
ものすっごく迷惑そうな顔を隠しもせず、綱手様が出てきてくれた。その後ろには、当然シズネも控えている。
「はぁ。こいつ、預かってほしくて」
肩からゴミ袋を下ろすような乱雑さで、オレはそれを綱手様の前に置いた。ドシンと重い音をたてた男を一瞥し、綱手様は溜息を吐く。
「うちの者じゃないか。こいつが何をしたってんだい?」
見たところ、ただの中忍。実際のところ、本当にただの中忍だ。
「とりあえず誘拐未遂です」
「……はぁ?」
そんな程度の理由で、犯人をわざわざ火影のところまで連行するようなオレではないと、綱手様はわかってらっしゃる。
だけど本当にそうなのだ。
オレは胸ポケットから筒を一つ取り出し、それを未だ眠る男に嗅がせると、男は意識を取り戻した。
「………ぁ?」
意識を取り戻したとはいえ、まだぼんやりとしているから、オレは頭を叩いてやった。勿論親切心からじゃない。
「って」
「お前ね、忍者のくせに何その体たらく」
オレはここぞとばかりにこの男を責めた。
こんな手間を取らせたんだから、これぐらい許されると思っている。
「……カ、カカシさん?」
ようやく意識がハッキリしだした男は、オレの顔を見て驚き、次いで綱手様を見てもっと驚いた顔をした。
「こいつはね、うちの大事なコを、オレに黙って勝手に連れ去ろうとしたわけですよ」
犯人の罪状を、本人を前に綱手様に突き付けた。
「いえそれは、オレはアナタの、里の為を思って!」
あたふたと弁明を始めるが、オレは右から左へ流した。腹が立って聞いてられなかった。冷ややかに男を見下ろし、一言だけ愚かさをねぎらってやる。
「妄想お疲れ」
「……! か、カカシさん……っ」
こちらにしたらハタ迷惑すぎる妄想でも、この男にしたら善意と正義の行動だったのだろう。世の中とは面白いもので、こんなに考え方の違う人間が、近所に住んでいるわけだ。
そうは解かっていても、タンゴを敵と思い込んでしでかしたことを、許してやる気にはさらさらならなかった。
「……ふむ。どうやら誘拐未遂は本当らしいな」
「五代目っ、オレは里を思ってしたことで、本当に危険な忍獣なんです! それなのに、どうしてカカシさんともあろう者が誑かされ、里に入れたのか理解できません!」
「ええいやかましい。カカシ、縛れ」
「ハイ」
逃げを打とうが中忍を縛るのに、そう手間取ることは無かった。「ぐえっ」男が呻くほどきつく締めたのは、まぁしょうがない。こんな手間を掛けさせられた、オレの腹いせだった。
「五代目、カカシさんは裏切り者です! それにそうだ、イルカも共犯です!」
「ハイハイ、もう黙ってていいよ。きっとわからないよお前には」
煩い男の口も、縛って塞ぐ。
自由なままの耳に、オレは低く囁いてやる。
「二度目はないよ。またこんなことしでかしたら……わかるよね? オレ、怒ってるからね」
ひっと男が息を飲んだ。
「というわけで、後はよろしくお願いします」
「待てカカシ。何が『というわけで』だバカ者」
「今ので大体わかったでしょ?」
「わかるか。きちんと説明しろ」
腕を組み、眦を釣り上げた五代目に、かいつまんで説明することにした。
「つまり、オレが今ラブってる黒猫の忍猫がいまして」
「ああ、あの猫な」
「そうそう。あの黒猫、名前はタンゴっていうんですけど、そのタンゴが過去、敵の忍獣だったんですよ」
「……ほぉ?」
ピクリと綱手様が反応した。
「で、こいつとオレが一緒の任務に出た時、その敵忍と対峙しまして、結果その敵忍は倒したんですが、そこでタンゴをどうするかって話になり、こいつは殺そうとして、オレがそれを止めたんです。そして晴れて自由の身となったタンゴは、オレのもとへやってきた。オレはタンゴが気に入ったから一緒に住んでいる。……だけど、こいつはタンゴがまだ敵だと思い込んでるから、オレが不在で留守番中のタンゴを襲い、殺そうとした―――あ、罪状は殺人未遂ですね」
殺そうとした、と自分で言っておいて、オレは怒りに腹が煮えくり返りそうになった。
綱手様は、ふぅと大きく溜息を吐きだした。
「なるほどな。大体わかった」
「それは良かった」
「こいつは忍獣がどういうものか理解しておらんのだな」
「これからじっくりしっかり教えてあげてください」
「それは面倒だな」
綱手様は本心で言っているのがわかる。オレと綱手様は、結構似てると思った。
「ま、そーゆうことなんで。じゃ!」
「あ、おいカカシ! 話はまだ終わっとらんぞ!」
「また話に来ます! オレ急いでるんで」
「この……馬鹿者ッ!」
綱手様の怒りを背後に感じながらも、でもこの場合はしょうがないと、オレはさっさとこの場を去り、そして探した。タンゴとイルカ先生を。