猫の気持ち、君の気持ち
23.覚えて無い気持ち
一先ずパックンには自宅に戻ってもらっておいて、何かあったらすぐ連絡が入るようにして、オレはイルカ先生の部屋にお邪魔した。
初めて入る、イルカ先生の部屋に、オレは少なからず緊張した。
しかしまさか、こんな理由でここに入ることになるなんて、思いもしなかったな……と考えている自分に気付き、オレはアホかとセルフ突っ込みを入れた。本当に。ついさっき、イルカ先生をやっぱり諦めるって決めたんじゃなかったっけ。馬鹿だ。本当にオレは馬鹿だ。
そう思えども、イルカ先生の目が赤い正体が知りたいって思うし、二人きりでこんな狭い部屋(って思ってるってイルカ先生に知られたら多分怒られる)にいて、そわそわしてしまっている。
いやいや、でも今はそんな時じゃない。オレは首をぷるぷると振った。
イルカ先生は隣の台所から、お茶を入れて来てくれた。どうぞ、とオレにお茶をすすめてくれて、それをどうもと受け取りすすって―――やっぱりこんな時じゃないのに何落ち着いてんのオレ、とまた首を振った。
「あのですね、イルカ先生。今はお茶飲んでる時じゃなくて」
「ハッ!」
オレが言うと、イルカ先生は我に返ったような声を出した。そして赤くなって恥いる仕草を見せるから、オレはつい胸がきゅんとなった。って、そうじゃなく!
「すみません、オレ、つい」
「いえ……」
オレは気を取り直すよう、コホンと息をついた。
「タンゴのこと、イルカ先生は何を知ってるんですか」
手短にと、直球に切り出すと、イルカ先生はぎゅっと手を握り締めた。
イルカ先生は戸惑った顔でオレを見つめた。
「その……、カカシさんは、タンゴのこと覚えてたのは……」
「え?」
「いえ、オレも一緒だったって、思い出したってことですか?」
「……はい?」
覚えてたって、一緒って、どういうことだ?
イルカ先生の言うことが、さっぱりわからない。
「あの、イルカ先生?」
「オレは、カカシさんに忘れられてたってことが、その、」
「ちょっと待ってイルカ先生。何の話ですか?」
オレは話の整理を試みた。イルカ先生はオレの制止に「え?」と呟いてきょとんとした。
「オレはタンゴのことを知りたくて、いえ事情を何か知ってるのなら教えて欲しくて来たんですけど」
「………?」
イルカ先生は意味がわからないといった顔でオレを見てるけど、いやオレがわかんないんですけど。
どう言えば伝わるのだろうと悩んでいると、イルカ先生が先に口を開いた。
「……カカシさん……は、二年前の任務のことを、どこまで覚えてるんですか?」
「二年前?」
今度はオレがきょとんとする番だった。
二年前と言われても、漠然としすぎててどれのことだかわからない。二年前にはまだナルト達を受け持ってなかったから、上忍としての様々な任務をしていたけれど、どれのことを指しているのか、それとも全てのことなのか。
そんなオレの様子に、イルカ先生が溜息をひとつ零した。
「……カカシさん、タンゴとはいつ出会いましたか?」
どうして今、そんな質問をするのだろうと怪訝に思いながらも、オレはとりあえず素直に答えた。
「二か月ぐらい前?」
正確には、イルカ先生が落ちてきたのをオレがキャッチした日なんだけど、それを口にするのは憚られた。苦い思い出を掘り返したくなかった。
正直に答えたら、イルカ先生はまた溜息を吐いた。何故だ。
「残念、不正解だ―――と、生徒ならここで頭を小突くところです」
「え?」
「本当は、カカシさんはタンゴに二年前に出会ってます」
「………は?」
突拍子もない話を聞くかのように、オレは呆然とした。そんなオレにイルカ先生は失笑して、そしてしょうがないなぁとばかりに息を吐いた。
「タンゴは敵の忍獣でした」
「――――は?」
多分オレはその時、とっても間抜けな顔をしていただろう。
忍獣であることは勿論知っている。
駄目忍獣だった。
空から突然落ちてくるような、そんな間抜けなタンゴが。
いやちょっと待て。待て待て待て。そこじゃない。間抜けどうこう関係無い。
「本当に覚えてないんですね。……というか、ここまで言っても思い出さないんですね」
諦観したような響きでイルカ先生が言った。
オレは観念してイルカ先生にねだった。
「……すみません、なんのことかオレに教えてくれませんか」
「いやです」
あっさりきっぱり言い切ったイルカ先生は、だけど溜息をひとつ吐くと、苦笑いに変わった。
「……なんて、冗談ですよ」
そうしてイルカ先生は、オレに教えてくれた。
オレがすっかり忘れてしまっていた、オレとタンゴと、そしてイルカ先生も含む過去の話を。