第三話「いい奴ですよ」
「大事なこと忘れてましたっ!」
突然、先ほどこの場を去ったイルカが、血相を変え、バタンとドアを開けて大声を出した。
その様に、とにかくビックリして、カカシは眼を見開いた。
「この木の葉荘の中を案内するのを忘れてました! さ、来て下さい、今すぐご案内しますっ!」
「え…、えーと…、…ハイ」
呆気に取られながらも、カカシは頷き、立ち上がった。
このイルカという人物は、一体何なのだろうか。
小さくなったり、いきなり殴りつけたり、おどおどしたり、有無を言わさぬ強さを
見せたり…。
カカシが今までお眼に掛かったことの無い人種だった。
それからイルカは、トイレ(二階と一階と二つある)、洗濯機とその使い方、洗面所、
お風呂場と使用時間、他の住人達の部屋を案内した。カカシの隣がゲンマ、その隣が青葉。
階段を挟んで向こうがアスマの部屋だった。
そして最後に、一階の奥にある管理人室まで案内して、部屋の前でこう言った。
「ここに俺が居るんで、何かあったらお気軽に来て下さいね」
にっこりと笑ってそう言うと、上がって行きますか、と尋ねてきた。
「…いや、いいです」
「そうですか。それじゃあ、これで」
ひらひらと手を振り、イルカは自分の部屋に入っていった。
カカシは、ふぅ、と息を吐いた。
何となく、調子を崩されるな、と思った。
第三話「いい奴ですよ」
一日を終えたカカシは、余程疲れていたらしく、ぐっすりと久しぶりに熟睡した。
朝を告げる目覚まし音がカカシを起こすが、カカシは起きたくなくてそれを止めた。
時計を見ながら、一限目はサボろうと思った。しかし。
「朝ですよ〜! 起きて下さい!」
コンコンとノックの後、そんな管理人の声が響いた。
「……〜っ」
どうやら全ての部屋を起こして回っているようだった。仕方なく、カカシは布団から体を
起こした。
寝ぼけ眼のまま、何とか服を着替えて一階に下りると、洗面所に向った。洗面所では、
ゲンマが歯を磨いていた。そしてカカシの顔を見ると、驚いた顔を見せた。何だと思った
カカシは、鏡を見てああ、と気付いた。自分の目を指差すと、ゲンマは思った通りコクリ
と頷いた。
「えーと…ま、いつもはカラーコンタクトしてんの」
鬘は被ってきたが、顔を洗う前にカラーコンタクトを付けることは無い。昨日は普通に
茶色の眼をしていた男が、翌日には青と赤の色違いだとなると、流石に驚くだろう。
ゲンマは、特にそれ以上詮索する様子も無く、へえと頷くと、コシコシと磨きながら、
どうぞとばかりに体を退けた。
「…んじゃあ」
カカシはざあっと顔を洗い、手元にあったタオルで顔を拭いた。
「あ、しょれおへの」
歯を磨きながら、ゲンマが言った。どうやらタオルが自分の使ったものだと言いたかった
らしい。
昨夜のイルカの話では、タオルは洗面所の脇にある棚の中から好きに使っていいとの
ことだった。けれども棚から出すのが面倒だったし、カカシは構わない性格だったから
出してあるのを使った。構わない性格だけに、ゲンマが言う意味が掴みかねて、
結局カカシはそのまま、今度は歯ブラシに手を伸ばした。
自分用の歯ブラシ。イルカは赤だと教えた。
赤い歯ブラシを手に取り、チューブを捻って歯磨き粉を出して歯を磨いた。その間に、
ゲンマは口を濯ぎ、先ほどカカシが使ったタオルで口を拭った。
「ふー。すっきり。…カカシさんて、潔癖症かと思ったけど、違うんですね」
ゲンマがそう言い、カカシは何のことだと首を傾げた。
「他人の使ったモンは、使いたくないタイプの人だと思ってましたよ」
「……」
何故だろうかと思いはしたが、どうでもよかったのでそのまま歯を磨くのを続けた。
「…イルカって、いい奴ですよ」
その言葉に、カカシは、ゲンマと視線を合わせた。
「俺も最近ここに越してきたんで、まだ短い付き合いですけど…、まぁ昨日はいきなり
殴ってビックリしましたけどね。何があったかは知りませんが…」
「……」
「カカシさんが去ろうとしたあの時、あいつが引き止めたのは、俺達との間がギクシャク
しないようにとの配慮だったりね。…いい奴ですよ」
カカシにとっては、何故ギクシャクしないように配慮する必要があったのか分かりか
ねたが、そうかあの時、彼の纏った張り詰めた雰囲気は、そういうことだったのかと何と
なく納得した。
カカシが口を濯ぐ間に、ゲンマはさっさとその場を去った。
その後姿にチラリと視線を寄越して、アスマといい、えらく人に愛される存在なんだな、
とカカシは思った。
身支度を整えたカカシは、今度はダイニングキッチンへと向った。
扉の前から、いい匂いがした。朝は皆で食べるという。そのこと自体に、
それ程嫌悪感も無かった。ただ、家族のような雰囲気が苦手なだけだった。
どう接していいか分からないし、考えるだけで疲れる。
カカシが顔を覗かせると、テーブルには既に三人が座り、イルカがエプロンを身につけて
ご飯をよそっていた。
「おうカカシ。ちゃんと起きれたのか」
アスマがカカシにそう声を掛けたが、キッチンの中に入ったカカシは、ある一点を見つめ
て固まっていた。アスマがその視線を追うと、その先には、茶碗を持ったイルカが居た。
「あ、おはようございます、カカシさん!」
カカシに気付き、にっこりと笑顔で挨拶をするイルカは、エプロンの下に学ランを着込ん
でいた。
「………アンタ…」
「え?」
「そういやイルカ、カカシには言ったのか? 高校生だってよ」
「あっ! そういえば、忘れてましたっ!」
四人が目の前で、ぎゃいぎゃいと騒ぎ、笑い合うのを、カカシは呆然として見ていた。
――…こうこうせい?
「あの、俺、この近くの木の葉高校に通ってます。だから、平日のお昼は弁当になりますって、
ちゃんと言ってなかったですね」
イルカは頭を掻きながら言った。
「まぁ座れよカカシ。冷めちまうぞ」
アスマは自分の隣の空いてる席を指した。
カカシは呆然としたままだったが、やがてその席に座った。
すかさずイルカが、ご飯をよそった茶碗を差し出した。それをゆっくりとした動作で
受け取る。
イルカも席に座り、合掌した。
「いただきまーす!」
カカシを除いた皆がそれに合わせ、むしゃむしゃと朝ご飯を食べだした。
(04.05.07up)