ひとつ屋根の下

第八話「欲しいの?」





「ちょっといい?」
 コンコンと数度ノックして、カカシはゲンマの部屋に入った。
「あれ、カカシさん。珍しいっすね」
 ゲンマはベッドの上に寝転んで、テレビを見ていた。身を起こして、 戸口に立つカカシに向き直る。
「…テレビ…」
 テレビに視線を向けて、カカシが呟いた。カカシの部屋には無かった。 ゲンマはカカシの呟きに、ああ、と気がついた。
「テレビ見に来たんですかい? いいっスよ」
 どうぞどうぞ、と自分の隣を叩く。けれどもカカシは、首を振った。
「違う。テレビには興味無い」
 カカシにはテレビを見るという習慣が無かった。
「じゃあ何ですか? とりあえずどーぞ」
 少し躊躇った後、カカシは素直にゲンマの隣に腰掛けた。目の前には、若い女達が、 バラバラに座って喋っている。その女達に、中年の男が激しい突っ込み口調で 話しかけていた。
「『恋のガマ騒ぎ』ってやつですよ。面白いですよ」
「…ふーん」
 テーマは『誕生日にあった出来事』となっていた。女達は口々に、自分の過去、 付き合っていた男にされた思い出を語っていた。
 一通りその番組が終わるまで見ていた二人は、漸くそれが終わると、 今気付いたかのようにゲンマが話しかけた。
「…そういやカカシさん。一体何の用で?」
 最初テレビをじいっと見入っていたカカシは、ゲンマに話しかけられて、 きょとんとした顔を向けた。
「…ああそうだった」
 そして今思い出したかのように、ハッとした表情を見せた。
 ゲンマは、どんどん印象が変わる人だな、と思った。
「明日暇?」
「明日? 日曜ですか? いえ…ちょっと用事が有るんですけど」
「そっか。ならいい」
 カカシはスッと立ち上がった。それを見上げて、ゲンマは尋ねた。
「何か有ったんですか?」
「…んー…、別にもういい」
 頭をガシガシと掻いてカカシが言った。ゲンマもそれ以上追求することなく、 カカシが部屋を出ていくのを見送った。


 カカシは、階段を降りて、台所へ行った。
 冷蔵庫をガチャッと開け、ジュースの入った紙パックを取り出し、それをコップに 注いで飲んでいると、その台所に人が入ってきた。
「…あれ、カカシさん」
 それはイルカで、寝間着姿のまま、ふらふらとした足取りでカカシに近づいた。
「いいの飲んでる…」
 イルカはじいっと、カカシの手に有るコップを見た。ジュースはカカシの私物だ。
「…飲む?」
 物欲しそうな目に、つい尋ねてみると、イルカは眠そうだった顔を、パアァ、 と明らめた。
「いいんですか?」
「いいよ」
 イルカは嬉しそうな顔で、カカシの手からコップを受け取った。そしてそれを、 ゴクゴクと飲んだ。
「あーおいしい! ありがとうございます」
 あんまり嬉しそうにイルカが言うので、カカシはジュースを継ぎ足してやった。 するとまた嬉しそうに笑って、イルカは飲み出した。
「…こんな時間まで起きてていーの?」
 ごくごくとそれを飲み干すイルカに、カカシが尋ねた。
「ええ。明日は新聞配達、お休みなんです。休日は入れてないんですよ。 でももう寝ようと思ってたんですけど、何だか寝付けなくて」
「ふーん…。…ねぇ、アンタ明日暇?」
「明日ですか? 暇じゃないですけど…まぁそれなりに」
 やることは何かとある。イルカは多忙なのだ。
「用事あるの?」
「用事っていうか…細々としたことぐらいですけど。何か有るんですか?」
 カカシは、持っていたコップを流しに置いた。

「…明日、ちょっと付き合ってくれない?」




第八話「欲しいの?」





 翌日は晴天だった。
 朝からカカシは洗濯をして干し、あとはのんびりと部屋で寝転がっていた。
 やがて昼御飯を食べ、イルカがそれを片付け出すと、カカシは部屋に戻ってまた 寝転がった。お腹がいっぱいで気持ちいい。
 そうして、うとうととまどろんでいると、部屋をコンコンとノックする音がした。
「カカシさん? お待たせしました」
 イルカのその声に、カカシは身を起こして、部屋を出た。
 イルカは、長袖のTシャツに、パーカーを羽織っていた。下はジーンズ。 カカシはこれが一番楽だと言う、スウェットの上下のままだった。
「…着替えないんですか?」
 言われて、カカシは自分の格好に気付いたようだった。頭を掻き、部屋に戻って数分、 今度はジーパンに柄シャツを着てきた。
「うわあ…ポールスミスですか。いいなぁ」
「…ポール?」
「その服のブランドですよ」
 言われて、カカシは自分の着た服をじっと見た。箪笥の引き出しを開けたら これがあったから着ただけだった。
「ふぅん…これが好きなの?」
「ええ。そのブランド好きなんですよ。高いから買わないですけど」
「あげよっか? 俺いらないから」
「えっ」
 カカシは、言うなり服を脱ごうとした。慌ててイルカはそれを止めた。
「いっいいですよっ、そんなことより早く行きましょう」
 イルカがそう促すので、カカシは服を脱ぐのを止め、階段を降りて家を出た。
 歩きながら、「カカシさんて、本当に行動が読めないです」とイルカが言うのを、 カカシは理解出来ないまま聞いた。イルカこそ、そうではないか、とカカシは思っていた。
「それで、何処に行くんですか?」
 了承したものの、行く先を聞いていなかったイルカは、道を歩きながら隣に並ぶカカシに 尋ねた。
「携帯ショップ」
「…え?」
「…持とうと思って」
 ぼそり、と呟くような声で、カカシが言った。
 イルカはそうですか、と頷き、別段不思議には思わなかった。が、 これがアスマや紅だったら、ビックリしてどういう心境の変化だと問い詰めようと しただろう。そう思ったから頼らなかったのだが。
 携帯は嫌だったが、イルカがあまり心配するので、仕方ないかと思った。 朝だって早いということも知った。それだけなのだが、何と無く誰にも言いたくなかった。
 やがて携帯ショップに辿り着くと、中に入った。
「どんなのがいいんですか?」
「どんなのがいいの?」
 分からないから付いてきてもらったのに、イルカも自分自身持ってないから 良く分からないと返した。途端に困った顔をしたカカシに、イルカは必死になって 物色しだした。
「あ、これカメラ付きってやつですよ。凄いですよー何処でも何でも撮れるんですよ!」
「別に電話出来たらそれでいい」
「えっどうしてですか? 折角なんだし、付いているやつにしましょうよ。 だって楽しそうなんですもん、持ってる奴」
「ふぅん…」
「これなんてデザインもカッコイイし」
 イルカは二つ折りのタイプの、最新式のを手に薦めた。カカシはそれを眺め、ふぅん、 とまた頷いた。
「じゃ、それにしようかな」
 薦められたのに決め、店員に告げた。あれやこれやという店員の説明を、 生返事を返していたカカシは、実際の所何も耳に入って無かった。ただ、イルカに 「聞いといて」と言った。イルカは、何で俺が、と思いつつも、 買った当人の横で自分の物のように真剣に聞いた。これまでの付き合いで、 カカシは絶対聞いてないと分かっていたからだ。
 やがて契約書を交わし、携帯と共に分厚い説明書が何冊も入った箱を渡された。
「いいなぁ携帯」
 カカシが手にした携帯電話を見て、イルカが羨ましげに言った。
「…欲しいの?」
「え…、そりゃあ…」
 何となく、何かとデジャグったイルカは、カカシの次の行動を見てやっぱりと思った。 カカシが、同じ携帯電話を、店員に持っていったのだ。
「か、カカシさんっ、いいですっ」
 イルカはカカシの腕を掴んで、必死に止めた。
「何で? 欲しいんじゃないの?」
「そりゃそうですけど、こんな高いもの、そうポンポン人にあげようとしないで下さいよ」
「でも、欲しいんでしょ?」
「カカシさん…そうじゃなくて…」
 価値観の違いなのだろうか、こんな高価なものを、欲しいと言っただけで買おうとする カカシが理解出来なかった。金持ちなのかと思ったが、それならあんなにバイトなど しなくてもいいはずだ。何より、そうやって大変な思いをして稼いでいるお金を、 こんなことに使って欲しくなかった。けれども、どう言えばいいのかとイルカは詰まった。 好意をむげにするようなことも出来ない。
「今日付き合ってくれたお礼に。それに、同じものだったら、操作の方法も聞きやすいし」
「…カカシさん…でも」
 猶も言い募ろうとするイルカに、カカシはくすりと笑った。滅多に見せない、 カカシの笑み。何処か、優しげな。
「何でかな…、アンタが欲しいっていうと、あげたいと思った」
「……」
 目を瞠ったまま、何も言わなくなったイルカを置いて、カカシはそれを購入した。
 イルカは、カカシから手渡され、それを受け取った。
「…ありがとうございます」
 イルカは噛み締めるように言った。笑顔で。
 そうイルカが言うと、カカシは胸の奥が暖かくなるのを感じた。


 店を出て、少し歩くと見えてきた喫茶店に、今度はイルカが誘った。
「お礼にお茶ぐらい奢りますよ」
 別段この後の予定は無かったので、カカシもそれに頷いた。
 案内された席に座り、イルカは説明書を取り出して携帯をいじりだした。 途中店員がオーダーを取りに来て、二人はコーヒーを頼んだ。
「カカシさんの携帯番号は? 登録します」
「分かんない」
「あーもう。ちょっと貸して下さい。いいですか、これを押してこうすれば、 表示されるんですよ」
「へえ」
 身の入らぬ返事に、覚える気が無いなとイルカは思った。
「折角買ったのに、覚えなきゃ駄目じゃないですか」
「いーの。それはアンタが連絡取れたらいいだけだから」
「…え?」
 イルカは、少し驚いた顔をした。
「ああ、その番号、他の奴には教えないでね。面倒だから」
「…か、カカシさん…、あの、どうして…」
「何が?」
「俺に連絡って…その」
「ああ。だってそうしたら、遅くなっても大丈夫なんでしょ?」
「………ああ、そ、そうですか」
 どこか気の抜けたような顔で、イルカが言った。
 そんな会話をしていると、店員がコーヒーを持ってきた。イルカはミルクと砂糖を入れ、 スプーンで混ぜた。カカシは何も入れず、スプーンを入れてくるくる回していた。 猫舌だから、少しでも冷まそうとしてのことだった。
 コーヒーを少し啜った後、またイルカは携帯をいじった。
「…でも本当、嬉しいです。誕生日プレゼントみたいだ」
 イルカの呟きに、コーヒーカップに見入っていた視線を上げた。
「誕生日プレゼント?」
「ええ。実は俺、今日誕生日なんですよ」
 へへへ、と笑ってイルカが言った。
「……」
 カカシは暫く、思い巡らせた。イルカは携帯を嬉しげにいじり、コーヒーを飲む。 カカシもやがて、冷めだしたコーヒーを啜り、そして言った。
「…どっか行こうか」
「……え?」
「そうだ、買い物付き合ってよ」
 きょとんとしたままのイルカの手を引き、カカシはその喫茶店を出て行った。




(04.08.28up)
※この話は2004年に書いたものであることを、ここで強調させて頂きます。あと、契約関係の必要物云々は突っ込まない方向でお願いします。