ひとつ屋根の下2

第13話「何やってんだか」





 外は既に真っ暗だ。
 冬が近づくにつれ、日が落ちるのが早くなる。六時過ぎになるともう夜のように暗い。
 そして、寒い。
 夜の冷気に吹く風はもう優しくない。そんな冷たい風がカカシの頬を撫でる。

「…はぁ」

 カカシは溜息を吐いた。吐き出した息は白く、けれども夜空に溶け込んですぐに消える。
 寒い。
 カカシは胸の中も寒々しく感じていた。
 紅といい、マキといい。これでは、自分はイルカに好きになってもらうどころか、 逆に嫌がられることをしていたということになる。 なんてことだ。
「マズイ」
 今までにもうどれぐらいキスをしただろう。
 抱きしめたり、好きだと告げたり。
「…あと…つきまとう?」
 全部。つまりはフルコースでやっていた。
 これが落ち込まずにいられようか。

「…チャッピー…連れて帰りたい」
 だがそれも叶わない。誰がこの傷ついた心を癒してくれるというのだろう。
 勿論、今まで何度となくイルカはキスをすると嫌がったり怒ったりしていた。それでも許してくれると分かっていたから、 あまり気に留めたりしなかった。というか、本当に強い拒絶を感じたのは、 風呂場でイルカの性器に触れた時だ。
 ともかく、どうしてこうも紅やマキの言葉を気にするようになったかといえば、 イルカの態度がおかしいからだ。
 普段は他人のことなど全く興味が無いし、様子を探るようなこともしたことはなかったが、 イルカは別だ。特別なのだ。

 自然と重くなる足取りで、とぼとぼと歩いていたが、近い距離なので気付けば木の葉荘に到着していた。




ひとつ屋根の下2 第13話「何やってんだか」





「…ただいまー」
 カカシは玄関の戸を開けて、まず最近ではすっかり言いなれた帰着の言葉を放つ。
 少しして、台所の方からイルカが出迎えにきた。
「お帰りなさい」
 いつもこの時を楽しみにしていたカカシだが、ここの所はそうでもない。
 何故なら、いつもにっこり笑顔で迎えてくれたイルカが冴えない笑顔を向けるからだ。
 どうしたというのだろうか。
 様子だって最近おかしいような気がして、何があったのかを尋ねても、笑ってかわされるだけで。
 いつも気になっても、さりとてどうすればいいのか分からないでいる。
 もしかして、とすぐに思い浮かぶのは黒縁メガネの男の顔。
 そう思うと抑えようも無い焦燥に駆られる。
 しかし、あの男のことをイルカに問うことも出来ず、結局何も分からず仕舞いだ。

 けれども、もし。
 イルカに何かが起きたわけではなく、自分が嫌になったのだとしたら。

 紅に『あのイルカ君だって、いい加減アンタが嫌になるわよ』なんて忠告を受けたことが、 まざまざと蘇ってくる。
 イルカに嫌われるなんて考えたことが無かった。しかしこんな態度を取り続けるイルカに、 その可能性がカカシの中に生まれて、それから焦りを感じるようになった。
 とりあえず、嫌がられるキスをしたり、抱きしめたりするのをしないようにしているのだが、 もしかしたら手遅れだったのだろうかと不安にもなってきた。よっぽど今日のはこたえたようだ。

「ご飯、先に食べてしまいました。すみませんが、オレはこれから…」
「ああうん、分かってる。今日はカテキョーの日だって。もう行く時間だよね。待ってて、鞄置いたらすぐ降りてくるから」
 カカシはイルカの家庭教師の送り迎えをしていた。
 しかしそう告げると、イルカはまるで意外なことを告げられたかのような、少し驚いた顔をした。
「え…でも、カカシさんお腹空いているんじゃ…、オレ、別にいいですよ」
 気遣うイルカに、カカシは何言ってんの、とばかりに返した。
「オレ以外のヤツになんか任せらんないよ。いい? すぐ降りてくるから」
 アスマが言い出すまで、ずっとイルカのことを迎えに行きはしたが、送ったりしたことがなかった。
 言われてみて、何でそのことに気付かなかったんだろうと思った。
 イルカをなるべく一人にしたくない。

 カカシがそう言うと、イルカは少し躊躇ったものの、 やがておず…と少し背の高いカカシを上目遣いに見つめた。

「…じゃあ、甘えてもいいですか…?」

 イルカはほんのり頬を染めて、強請る言葉をカカシに告げる。
「……!」
 そんなことをそんな仕草で言われたらたまらなかった。
 理性が吹っ飛んで、カカシは今まで堪えてきたのに思いのままイルカを抱きしめた。
「……っ、カカ…」
 イルカが小さく呻く。
 久しぶりの抱擁。
 とても暖かくて、イルカの感触や匂いがする。
 抱きしめると、『好き』という想いが増す。思わず腕に力がこもった。

 どうしよう。
 キスもしたい。

 頭の中が軽く興奮状態になっているカカシは、その衝動を抑えられずに、イルカの顎を手ですくいあげ、 顔を近づけた。
「…や…っ、やだ!」
 だが、そのカカシの顔を、イルカの両手が押し返した。
「ぶっ」
 唇を掌で塞がれて、まるでカエルのような声が出る。
 しかしそのイルカの抵抗で、カカシは理性を取り戻した。
「…つい。ごめん。…待ってて、すぐ降りるから」
 カカシはイルカの身体を離して、すぐさま階段を駆け上がった。

 一方イルカは。
 …顔中真っ赤に染めて、その場にしゃがみこみ、たてた膝に顔を埋めた。



「……」
 玄関のすぐ隣には、トイレがある。
 そのトイレのドアをそっと開けて、玄関での様子を覗き見していたゲンマは、 またそっとドアを閉じた。
 ついてない。
 この様子では、カカシが降りてきて二人が出て行くまでは、 このトイレに居続けなければならなくなった。
 出るに出られないこの現状と、二人の状況に、小さく息を吐く。
「…さっさとくっつけばいいのに。何やってんだか」
 そして、忌々しげに呟いた。



 カカシは自分の部屋に入ってドアを閉めると、 部屋の電気を点けないままドアにもたれ掛かった。背中がドアにぶつかる拍子にドンと音を立てる。
 真っ暗な室内で、少し頭を冷やした。
「…何やってんのオレ」
 そう後悔を漏らして、片手で顔を覆いため息を吐き出した。



(07.03.31up)