第15話「あれってば恋人同士ってやつ?」
「ようイルカ先生! まぁあがってくれってばよ!」
イルカが勉強を教えている所謂生徒、渦巻ナルトはいつもの元気いっぱいの明るさでイルカを出迎えた。
「こんばんは、ナルト。ちゃんと予習復習はしたか?」
イルカを促すナルトに問いかけると、ナルトは途端に誤魔化すような笑いを浮かべた。
「だっははは! や、やだなぁイルカ先生」
「…やってないんだな」
じろりと冷めた目を向ければ、今度は小さくなる。
そんなナルトに、イルカはこっそりと笑った。
毎回、同じようなやり取りをしている。
ナルトのこの隠すことが出来ない素直さが、イルカは好きだった。
「でもさ、でもさ! オレ頭よくなったってばよ。昨日の国語の小テストでオレ、満点だったってばよ!」
嬉しそうに興奮してテストの結果を報告するナルトを、イルカは自分のことのように喜んだ。
「本当に!? すごいじゃないか、ナルト!」
ナルトの頭をぐりぐりと撫でれば、ナルトは嬉しそうに目を細めて「へっへー」と得意げに言った。
くすぐったそうに喜ぶナルトが、とても可愛いと思う。
ナルトの髪の毛は明るい茶色で、明かりの加減で金色のように見えることもある。
本人の性格を現したように落ち着き無く跳ねた髪は、触れると意外に柔らかい。
そうして、ナルトの部屋に着けば、相変わらず室内はごちゃごちゃと散らかっている。
脱ぎ捨てたままの服や、飲みかけのジュース、
封が開いているお菓子の袋。それらを見渡して、イルカは少し顔を顰めた。
「ったく、だらしないぞ」
「あっわりー先生、いいよその辺置いといて」
そう言われても、どうにも性格上気になってしまうので、
適当に片して勉強を始めようとイルカはカバンの中から参考書を取り出した。
ナルトの机は一般的な学習デスクで、イルカがカカシに教わるのは卓袱台だからどちらも座るが、
ナルトが腰を下ろす学習デスクの、その隣りにイルカが立つ。机の上にはごちゃごちゃと本やら鉛筆やら消しゴムやらが散在していた。
ナルトはお調子者だが、集中力は凄い。勉強は基本的に嫌いらしいが、目標があるから頑張っている。
何度言ってもこの調子だと半ば呆れながらも、イルカは勉強できるように片すようナルトに言った。
ナルトは渋々と机の上を片しながら、その机の上に置かれた卓上カレンダーを見て、そして斜め後ろに居るイルカを振り返った。
「イルカ先生、オレ考えたんだけどさ。家庭教師してくれんの、今月いっぱいまででいいってばよ」
ひとつ屋根の下2 第15話「あれってば恋人同士ってやつ?」
突然切り出されたお役御免に、イルカは面食らった。
「…な、なんでだ?」
「だってさ、先生も試験あるじゃん? そりゃ最後まで見てて欲しいけど
…先生にも合格して欲しいからさ。イルカ先生は大丈夫だって言うけど、
やっぱ集中して試験勉強してくれってばよ。目指せオレも先生も合格! な?」
「…ナルト…」
「オレってばイルカ先生のお陰で大分頭が良くなったし、勉強の仕方も分かってきたし。
いざとなったらカブト兄ちゃんに教えてもらうから大丈夫だってばよ」
にっか、と笑うナルトに、イルカは思わず涙腺が緩んだ。
普段はお騒がせな性格で周囲から倦厭されがちだが、
こうしてちゃんと他人を思いやる優しい心の持ち主なのだ。イルカにはそれがよく分かっていた。
ナルトの家庭教師も、自分の試験勉強もどちらもやるつもりだったが、
ナルトの気持ちが嬉しくて、その提案にイルカは頷いた。
イルカが頷くと、嬉しそうに笑ったナルトはしかし、少し寂しそうな顔を見せた。
そんなナルトに声を掛けようとすると、それより先にナルトは卓上カレンダーを12月分にめくって、
イルカの目の前に突きつけた。そして、25日を指差す。
「なあ先生、クリスマスパーティしようぜ!」
「クリスマスパーティ?」
「パーティって言ってもオレと先生とカブト兄ちゃんぐらいだけどさ! な、どうせイルカ先生恋人居ないんだろ?
いいじゃん、寂しく過ごさなくてすむってばよ」
いししし、とからかうように笑うナルトに、イルカはついぱちんと軽く頭を叩いた。
「こら、失礼だな。オレだって別にクリスマスぐらい……」
木の葉荘の皆と。
…なんて、まだ誰にも話してないし、了承もとってないのだが。
そういえばハロウィンの時も皆でパーティをするつもりで、
けれども木の葉大学であるハロウィン祭に取って代わったのは記憶に新しい出来事だ。
イルカにとっては、あまり思い出したくない過去である。
なにせ女装もどきの格好をして、更にはよく分からないゲームで嫌な思いをしたのだから。
もしかしたら、また木の葉大学で今度はクリスマスパーティが行われるかもしれないし、
大体にしてそれぞれ友人や恋人なんかと過ごすのかもしれない。それがまた、一般的だろう。
では、カカシは……―――
「…イルカ先生? な、だからクリスマスは一緒に遊ぼうってばよ」
ついクリスマスのことで考え込んでいたイルカは、ナルトが呼びかけてきてその思考を中断させた。
ナルトは、笑いながらもその奥で必死さを潜ませていた。そのことにイルカは気付いた。
「ナルト…」
それで、ナルトはもしかすると、今月で終了してしまうことにやはり寂しさを感じているかもしれないと思った。
自分ともう会えなくなることを。だからこうして次の約束を取り付けているのだろうか。
そんな風に考えると、本人がそう言ったわけでもないのにイルカはこそばゆい嬉しさが込み上げてきた。
ナルトは可愛い。弟みたいなものなのだ。慕ってくれて、無下にできるはずがない。
「…そうだな。じゃあ、クリスマスパーティしようか。簡単でいいなら、オレが料理作るし」
にこりと笑ってそう告げると、ナルトは満面に嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「じゃあさ、じゃあさ! オレ手伝うってばよ! ケーキも作れる? 先生!」
興奮した様子のナルトに、頷いて良かったと内心思いながら、ケーキは作ったことがないなぁ…と少し困った。
「…まぁ、その辺はまた今度考えよう。じゃ、授業を始めるぞ」
コホンと咳払いをしてイルカが言えば、ナルトはちぇ、
とつまらなそうに唇を尖らせ、しかしまた嬉しそうに笑った。
テキストを広げさせながら、イルカは木の葉荘でのクリスマスについては皆に様子を聞いて、別の日にでも取ればいいか、
と思った。
勉強が進み、そろそろ終了の時間が近づく頃、コンコン、とドアをノックする音がして、
次にそのドアが開かれた。
「…イルカ先生、こんばんは。今日も弟がお世話になります」
そこに、ナルトの兄である、カブトが姿を現した。お盆の上には紅茶が二つと、お菓子が乗っていた。
小学六年生のナルトより四歳年上のカブトは、現在高校一年生だ。
眼鏡を掛けた姿がいかにも彼の真面目な性格を現している。その見た目通り頭の良い子で、
有名私立に通っている。高校一年生とは思えないぐらい、しっかりとしていて大人びていた。
カブトとナルトは、実は血が繋がっていない。
ナルトの母親と、カブトの父親が再婚をして兄弟となった。ナルトの父親もカブトの母親も既に他界していて、
互いに一人の子持ちだった。それはナルトが三歳の時だったが、
しっかりと覚えている。
ナルトの母親は、不幸にも交通事故によって再婚して2年で他界した。
そんなナルトを、カブトの父はそのまま子供として面倒を見ていた。
普段仕事で飛び回る父親は不在が多く、カブトとナルトの身の回りの世話には家政婦を雇っている。
朝から来て、夕食を作り終えると帰るので、今はもう居ない。
だからこうして、カブトが毎回お茶を出してくれていた。
「こんばんは、カブト。いつもありがとう」
カブトは机の上に、紅茶と菓子を置く。
本当に落ち着いた子だと思う。自分より三歳も年下とは思えない。
歳もそう変わらないのだから、『イルカ先生』などと呼ばれるのはなんだか変な感じで遠慮したいのだが、
カブトはそう呼ぶことを変えなかった。
カカシはこのカブトをどうにも嫌っているようなのだが、どうしてだかイルカには理解できなかった。
気を付けて、だなんて。こんな無害そうな、弟想いの子が何をするというのだろうか。
カカシは本当に想像もつかないことを言ったりする。
「どうぞ、時間が許す限りごゆっくりしていって下さい。…ああでも、もうすぐすると彼が迎えに来られますか」
「…っ、カブト…あのひとは…」
つい、頬がほんのり赤らんでしまう。
「はい?」
どことなく含みを持たせたように聞こえたのだが、
平然とした様子のカブトにこちらが後ろめたいからそう聞こえたのかもしれないと、
イルカは余計に恥ずかしい気持ちになった。
そうして返答に窮していると、ナルトが驚くべきことを言った。
「ああ、あのカッコイイ兄ちゃんのことか。そーいやこないだべっぴんのねーちゃんと歩いてるとこ見たってばよ」
「……え…?」
一気にイルカの熱が奪われた。
「あれってば恋人同士ってやつ?」
いししし、とナルトはからかうように笑った。
「………」
まさか、そんな。
カカシは自分を抱きしめて、そしてキスをしようとしたのだ。手を繋いで歩こうとしたのだ。
それは遠い過去のことではない、つい先程のことだ。
「…おませさんだね、ナルトは。そんな馬鹿なことばっかり言ってないで、ちゃんと勉強しないと。
イルカ先生、折角教えてくれているのに」
「わ…分かってるってばよ。オレってば、ちゃんと勉強してるって。な、イルカ先生! …先生?」
上の空の様子のイルカに気付き、ナルトはイルカの腕を揺さぶった。イルカはハッと我に返って、
作り笑いを浮かべた。
「あ、ああ…そうだな」
「ほらな」
「…そうか、ならよかった。では、オレはこれにて」
カブトはそう告げると、部屋から出て行った。
――― その時。
僅かに後方に視線を向け、ニヤリと唇を歪めた。
(07.04.13up)