第17話「デートしよっか」
木の葉大学の学生食堂で、いつものようにカカシは弁当を広げた。
中にはおきまりの、おにぎりがちゃんと入っている。
カカシはいつもそれを眺めては嬉しそうにするのが常であったが、
今日は少し浮かない顔をしてみせた。
「…どうしたのよ。そろそろおにぎりにも飽きた?」
不機嫌そうな声音で、カカシの目の前に座る紅が言った。
なんだか今日は、ご機嫌斜めの様子だ。うどんも大盛りにして、
ずずずーっと勢いよく啜り上げた。
「お前ね、そんなわけないでしょ。っていうか汚い」
紅があまりに勢いよく麺をすするから、汁が飛ぶ。しかし紅は、
カカシの苦言に対しても聞く耳持たぬ風に、「ふん」と鼻息を吐いた。
紅の不機嫌の理由には、大方予想がつく。どうせアスマとまた喧嘩したのだろう。
この自分の予想は、まず間違いないだろう。本当によく…
それこそ飽きないのだろうかと思うほど、しょっちゅう喧嘩している。
カカシはおにぎりを箸でつついた。
昨夜、イルカがおにぎりを差し入れしてくれた。
今までにこんなことをしてくれたことはなかったし、
イルカから自分の部屋に尋ねてくるようなこともそう無かったので、
カカシは最初、来訪を喜んだ。
…だが。
イルカは浮かない顔をしていた。
そればかりではない。目を合わせようとせず、そしてその瞳は潤んでいるようだった。
どうしたのかと尋ねた所で、イルカは「なんでもないです」としか言わず、
そして出て行った。
カカシは溜息を吐いた。
こんなことばかり繰り返している気がする。
イルカの様子が最近おかしいのは分かっている。だがその理由が分からないのだ。
イルカに訊いてもかわすばかりで答えようとしないし、
それ以上問い詰めるのを全身で拒んでいるのも分かるから、結局分からないままだ。
そんなカカシは、またこのストレスを解消する為に、
これから会うチャッピーを思い浮かべては少しささくれそうになる心を静めていた。
「…カカシさ。前から気になってたんだけど…、アンタ、マキの家に通ってんだって?」
ずるずるとうどんの麺をすすり上げていた美女は、顔を上げてそんなことを切り出した。
見れば、もうどんぶりの中はスープしか残っていない。
「…通ってるって…そう…なるのかな…?」
「なるに決まってるでしょう。アンタがマキの住むマンションの中に一緒に入っていったってのを目撃した奴が数名いるの。
聞く気が無くても耳に入るぐらい噂になってるわよ。…ねぇ、これってどういうこと?」
正確には、マキの所ではなくチャッピーの所なのだが。そしてはたから見れば、
カカシが紅に浮気を責められるような場景だ。
勿論、紅はカカシの恋人ではないし、そういった感情も皆無だろう。
所謂『部活内で揉め事を起こすな』という処で責められているのだとカカシは解釈した。
「別に。何も問題無いと思うけど」
少なくとも、カカシはそう思っていた。
だが。
「…問題無いワケあるっかあああァッッ!!」
紅は怒髪天を突く勢いで、怒鳴った。
ひとつ屋根の下2 第17話「デートしよっか」
紅の怒声があまりに物凄かった為、食堂にはおれずに場所を中庭に変更した。
紅は食事を終えていたが、カカシはまだこれからだった為、ベンチに腰掛けてぱくぱくと食べている。
「…あのねぇ。アンタのそういう感覚、…っていうか常識の無さ?
…っていうか無神経さっていうの? 今までにも大概だと思ってたけど」
紅は言いたい放題だ。特に今日は元から機嫌が悪かった為に、いつもの二割増しな感じだ。
別に機嫌が悪いのは本人の勝手だが、当たられると困る。
「普通ね、女のしかも一人暮らしの家に行くっていうのは、
ナニか有っても当然って思うものなのよ」
「ナニかって…」
何だ、とは言わない。そんなことを口にしようものなら、
今日の紅にはどんな目に遭わせられるか分かったものではなかったし、
それにナニとは何を意味するのか分からぬ訳でもないのだ。
ただ、何もしてない、する気も無いカカシとしては、傍迷惑な妄想だと思っていた。
紅はカカシのそういう考え方そのものを怒っている、
ということまでは分かっていないカカシだった。
そんなカカシを紅は細めた目で見やり、皮肉な笑みを浮かべた。
「…もっとハッキリ言ってあげようか? 女の方も、
アンタが自分に気があるって勘違いするものなのよ」
「……なん……、ハイ」
何で、と問おうとしたところ、紅のこめかみが引きつるのを察知したカカシは、
頷くことに急遽変更した。もしかしたら、世間一般ではそういう感覚なのかもしれない。
だが、マキは他に好きな人が居ることを知っているし、
チャッピー目当てで家に行くことも了承済みな訳だから、
それには当てはまらないとカカシは思った。
「…でもオレ…別にマキが目的じゃないし。その飼っているチャッピーが目的なんだし」
「チャッピーって何よ?」
「……パグの仔犬」
本当は、あまり犬のことを話したくなかった。
犬の元に毎日のように通っているという事実は、知られたくないのだ。
犬に慰められているなんて、なんとなく情けない気がする。だから、特にイルカには言えない。
理由が犬、と聞いて、紅は呆れ返るような心境だった。
「犬が目的ったってねぇ…」
「犬じゃなーいよ、チャッピー」
カカシなりのよく分からない拘りは、紅の怒りに見事引火させることに成功した。
「――― 黙ってろこの○○カスが」
おおよそこの外見に似つかわしくない、放送禁止スレスレの言葉を、
底冷えするほどの冷気を纏って紅が放つ。
それは、直接その冷気を受けたカカシだけではなく、
半径十メートル以内にいる者にも身体の体感気温が下がるのが分かった。
ただでさえ目立つ外見の二人。しかし周囲は関心を高めるものの、
近づける勇者も居ないので、聞き耳を立てて内容を聞かれる心配も無かった。
だから二人はその場で続ける。
「…いい? 犬が目的っていっても、周囲はそう思わないの。これも大事」
「…大事…?」
「そうよ。周囲の誤解を生むことになるでしょう。つまりは、
もしこのことがイルカ君の耳になんか入ったら…どうなると思う?」
紅は細めた目を、隣りに腰掛けるカカシに向けた。
「……どうって…何かあるの?」
カカシはやっぱり、よく分かってなかった。
ここまで言っても分からないカカシに、怒る気も失せる紅だった。
「…………」
「どうなるの? 教えてよ」
イルカが係わると、カカシは必死さを滲ませる。分からないなりにも、
紅の様子から何かマズイことになるということを嗅ぎ取った。
「男ってのは…全く、どうしてこう無神経なのかしら」
紅は俯き、独白に近い様子で吐き出すと、くるりとカカシに顔を向けた。
「分かったわ。教えてあげる」
…だから、と続く。
「――― そうね。来週の日曜はテストも終わってることだし。デートしよっか」
(07.05.8up)