第2話「教えて下さい」
イルカの通う、木の葉高校。
ガヤガヤガヤ、と授業を終えたクラスは騒がしい。
次の授業まで15分間の休憩。その間に、イルカは次の授業の教科書を机の上に出して、予習の為に少しばかり読んでいた。
「ったく、お前は勤勉だなぁ」
いつの間にかその友人は、イルカの横に立っていた。
「コテツ」
人懐こい性格の彼は、この半年程度の間にイルカに出来た友人の一人だ。
イルカは転入生ゆえに、新学期はそれなりに話題になった。そして、隠してはいても何処からか洩れるもので、イルカが留年しているということは知られていた。真面目そうなイルカが何故、という理由として、それも何処から仕入れてくるのやら、どうやら入院していたからだとも知られていた。
一つ年上ということに倦厭する者は特に無く、イルカはクラスにそれなりに溶け込んでいた。
だが、イルカが大学生の寮の、管理人をしていることまでは、流石にそうは知られていなかった。
このコテツは、それを知る数少ない一人だ。
「メキメキと成績上げていくしよ。オレの行ってる予備校の講師よりいいんじゃね?
その寮生のひと。まぁ、コノ大生だもんな」
「…まぁな」
カカシのことを褒められて、イルカは嬉しさに思わずはにかんだ笑みを浮かべた。
「ふぅん…」
コテツは何かを考えるように視線を逸らし、やがて顔を明るくしてポンと手を打った。
「オレも一緒に習う!」
「…は?」
名案を浮かべたといった得意げな彼に、イルカは何のことか理解しかねて首を傾げた。
「だからさ、そのコノ大生のひとに、オレも一緒に教えてもらうってことだよ」
「な…何勝手なこと言ってんだよ」
コテツは結構唐突な所があったが、まさかこんなことを言い出すなどイルカには思いもよらないことだった。それに、だからってはいそうですかとすんなり頷けるものでもない。
「お前から頼んでくれたらいいじゃねーか」
「だからだな、そういうことじゃ…」
自分だけでも、まぁそれなりに報酬のようなものを払っているとはいえ、申し訳ない気持ちだったのだ。それを、友達も一緒に、なんて図々しくて言えるわけなかった。
「なに、毎日とかじゃないって。一日だけ。どんなもんなのか体験してみたいしさ、現役コノ大生の授業」
「ダメだ」
キッパリと断ると、コテツは眉を下げて、イルカに抱きついてきた。
「そんなつれないこと言うなよぉ。な、頼む。オレも絶対受かりたいんだよ。それにそんなイイ授業、独り占めなんてずっこいぜ」
イルカは嫌そうに眉を顰めて、抱きつくコテツを肘で遠ざけさせた。
「ずっこいって子供かお前は。とにかくダメだ」
「えーっ?」
コテツは非難の声を上げた。しかしイルカはこうなれば無視の姿勢だ。
自分の案が聞き入れてもらえずに、コテツはふてくされた顔をした。
「…じゃあ、バラすぞ」
「何を?」
ぼそっと呟くコテツに、イルカは眉を寄せた。
「学校に内緒で家庭教師のバイトしてること、バラすぞ」
「な…っ」
この学校は、バイト原則禁止の学校だった。
「ひ…卑怯者っ」
「フン。友達のお願いが聞けないなんて意地悪なこと言うからだ」
コテツはふんぞり返って言った。
家庭教師のバイトは、コテツに偶然知られたことだった。
それでもまだ、管理人をしていることをバラすと言わないのがコテツの最後の良心のように思えた。
「くそ…ッ! ……一度だけ、だからな」
「イルカ…!」
「だーっ、もうひっつくな!」
喜びに再び抱きつこうとしたコテツを、イルカは手を突っ張って制した。
「お前、やっぱりイイ奴」
嬉しそうなコテツに、イルカは一つ息を吐いた。
脅しに屈した、というよりは、そこまでカカシの授業を受けたいコテツの熱意に負けた。本来の彼ならば、こんな卑怯な取引を言い出すようなことはしないということを、イルカは知っていた。
しかし…カカシはどうなんだろうか。了解してくれるだろうか。
「…でも、もしもダメだって言われたら、その時は諦めろよ」
「ああ。オレは引き際を心得ている男だぜ」
どこがだよ、とイルカはまた息を吐いた。
(コテツも一緒を了解する代わりに、キスより凄いこと要求されたらどうしよう)
イルカはそう思考が浮かんだ途端、顔を真っ赤にした。
「イルカ?」
いきなり様子を変えたイルカに、コテツが怪訝そうな顔で覗き込んできた。
「何でも無いっ」
その時、キーンコーン、と授業が始まる鐘の音がした。それと同時に、教師がガラリと戸を開けて入室してきた。
「…っと」
コテツは慌てて、自分の席に戻った。
イルカはホッとして、息をついた。
ひとつ屋根の下2 第2話「教えて下さい」
イルカは新聞配達のバイトをやめたものの、毎週金曜日の家庭教師は辞めなかった。だからカカシも、金曜はイルカを迎えに家庭教師先の家に、迎えにきた。
「…いいけど」
コテツも一緒に良いか、と、家庭教師をした帰り道すがらカカシに尋ねてみると、
意外なほどあっさりとカカシは了承した。
「そ、そうですか」
少し肩透かしを食らったような。
てっきり、ゴネたり嫌がったりするのかと思っていた。
「アンタの学校の友達って、興味あるから見てみたい」
「え…?」
「好きなひとのことなら、何でも知りたいものでしょ」
さらっとそんなことを言われて、イルカは顔中真っ赤に染まった。
どうしてこのカカシという男は、好意を包み隠したりせず開けっぴろげにするのだろう。
困る。
どう反応したらいいのか分からない。
「じゃ、明日?」
「え…あ、明日?」
「じゃあいつ?」
まさかそんなすぐにとは思ってもみなかったから驚いたが、そういえばコテツは、土曜がいいと言っていた。
「…明日でお願いします」
これでコテツの方がダメだって言ったら、他の土曜ならムリだとでも言ってやろうと、ちょっとしたイタズラ心が湧いた。脅された仕返しだった。
そんなこんなな内に、木の葉荘に到着した。
「ただいまー」
ガラリと戸を開けて、二人は木の葉荘の中に入っていった。
コテツに電話してみると、明日と告げても嬉しそうに了解する彼に、イルカのささやかな仕返しは何の意味も成さなかった。
土曜は、カカシの選択した授業がひとつだけ入っている。
それを終え、食事を済ませて、カカシは部活に出た。
部室に行き、着替えをしようとロッカーを開けた時に、部室の戸が開いた。
誰だと見れば、ミズキだった。
「カカシさん。良かった、居た」
ミズキは部室を開けてカカシの姿を見付けると、嬉しそうな顔をして、そして後ろを振り返った。
「丁度居たよ、運が良かったな」
「……?」
誰かと話しているらしい。
なんだと思っていると、ミズキが入室してきて、その後に―― カカシの見覚えの無い男の姿が在った。
背の丈はミズキより少し高く、平均的な体型。黒髪で、黒ブチのメガネを掛けた、大人しそうな印象の男だった。
「……」
カカシがまじまじと見つめると、男はほんの少し申し訳無さそうに笑んで、軽く会釈をした。
「カカシさん、こいつ…いやこのひと、イルカの親戚なんですよ」
ミズキがそう紹介した。
男はまた会釈をした。
一方カカシは、妙な歪みを感じて僅かに眉を顰めた。
相手がイルカの親戚、と聴いて、驚くよりも、胸が嫌に騒ぐ。
昔からの勘が告げる。
これは…よくない気配がすると。
何も言わずに押し黙ったままのカカシに、男は、おず…とした調子ながらも、口を開いた。
「初めまして。イルカの従兄弟、海野カジです」
「……」
よくない気配、が。
「―― 海野イルカは…彼は今、何処に住んでいるんですか? …教えて下さい」
(06.06.20up)