第3話「だって有名人だぜ?」
ピンポーン、というチャイム音が鳴った。
木の葉荘。
イルカは丁度、洗濯物を干し終わった所だった。
「はーい!」
大きな声で返事をして、裏口の物干し場からそのまま、家の外から回り込んで玄関に出た。
「あ…」
その人物に、イルカは目を大きくさせた。
「…こんにちは。お久しぶりです」
にこりと柔らかに笑う、中年の紳士。
カカシの父親だった。
「こんにちは…!」
イルカはにこっと笑い返して、近づいた。
時折り、こうしてエノキは木の葉荘に立ち寄る。
まだカカシとの間がうまくいっているわけではないのだが、
それでも以前に比べれば段違いに良くはなったそうだ。そう、エノキが喜んでいた。
全部イルカのおかげだと言って。
イルカにしたら、自分が何をしたということはないと思っているのだが、
もしもカカシとエノキの親子関係に本当に自分が何かの役に立っていたなら、
とても嬉しいと思った。
「どうぞ中へ…」
「いえ、今日はこれを持ってきただけですので」
エノキは、片手に持っていた包みを、イルカに手渡した。
イルカは躊躇いつつもそれを受け取り、なんだろうと見た。
「…サンマですよ」
「サンマ…」
「大したもんじゃないですが、それでもいいのが手に入ったので。皆さんでどうぞ」
「…ありがとうございます…!」
サンマは、カカシの大好物だった。
嬉しそうに笑うイルカに、エノキも嬉しそうに笑った。
そうして、待たせてあった車へと乗り込んで、去って行った。
イルカはそれを見送り、そして今日はサンマと何のご飯にしよう、と思いながら、
それを持って裏口へ回りそこから上がって冷蔵庫に入れた。
その時、またピンポーン、とチャイムが鳴った。
「はーい」
今度は誰だろう、と思いながら、イルカは玄関に向かった。
「おーいイルカ! 来たぜ」
「コテツ」
開ければ、やはりコテツで、思ったより早い到来に面食らった。
「早いな」
「ああ。昨日のうちに用意してたし、早く来たかったからさ。ああ、晩飯オレの分もよろしく」
「お前…ホント勝手だな」
呆れてイルカが言えば、コテツは全くこたえた様子も無く笑った。
「その代わり、オレ手伝うからさ」
「お前の分なんて無いぞ」
「えーっ、そんな意地悪言うなよ。無いなら買いに行こうぜ?」
しかしそう言われても、サンマの数は増えないもので。一匹だけなんて売ってるだろうか。
けれども、どうせ買い物に行かなければならなかったのは確かだ。
「…風呂も洗えよ」
「洗う洗う」
調子よく返事するコテツに、息をひとつつくと、じゃあと二人玄関の中へ入ろうとした。
そこで、イルカは足を止め、振り返る。
人の気配。そして足音がしたから。
「カカシさん…!」
するとそれはカカシだった。
カカシは、走ってきたようで、息をきらせていた。
今日は部活に出てくると聞いていたので、早い帰りだしどうにも様子がおかしいと思っていると、
カカシは思いつめたような顔でじっとイルカを見つめた。
「カカシさんって…え、マジでっ!? 本物!?」
イルカの横で、コテツがなにやら騒ぐ。しかしイルカはコテツに構うことなく、
カカシを訝ぶかしんで見つめた。一体どうしたのだろうと。
「…カカシさん?」
もう一度名を呼べば、カカシは急に動き出し――
―― イルカをぎゅっと抱き締めた。
「……ッ!?」
突然の行動に、イルカは驚き、そして逃れようとした。だってコテツがすぐそこに居るのだ。
けれどもカカシの腕の力が強くて、抱きこまれたまま動けなかった。
「か、カカシさん」
様子がおかしかったし、何があったのだろうと気にはなるのだが、今はコテツの視線が一番気になった。
カカシが突然抱きつくことは今までにも結構あったけれど、今までのとは明らかに違う。
「…ごめん」
「え…」
呟きと共に、カカシは拘束を解いた。
「…ちょっと安心した」
そう言うと、さっさと玄関から入って行った。
訳が分からないまま、残されたイルカは、カカシの背中を見つめて、
しかし引き止めることが出来ないものもその背中に感じた。
ひとつ屋根の下2 第3話「だって有名人だぜ?」
とりあえず、コテツには「あのひとオーバーリアクションなんだよ。海外育ちでさ」
なんて適当な理由をつけて誤魔化した。
「へえ…海外育ちか…なるほどな」
コテツは簡単に誤魔化された。なんて単純な男なんだ。
二人で買い物に行き、そしてその帰り道。そんな話をして歩く。
サンマは、丁度今夜はアスマがバイトで不在の為、丁度足りた。
「しっかし、お前んとこの下宿人にカカシさんが居たなんてビックリだぜ」
そういえば、カカシを見て驚いていたなと思い出した。
「カカシさんのこと知ってるのか?」
そう問うと、コテツは目が点になったようだ。
そして今度は、思い切りハァ〜と深い息を吐き出された。
「…お前…本当、疎いにも程があるぞ…」
「え?」
「まぁ、バイトやら勉強やらで忙しいお前は、学校での騒ぎや噂なんかに疎いってのは分かってたけどよ。
カカシさんって言えば学校の女子の人気の的だろーが」
「え…えええっ!?」
そんなこと初耳のイルカは、ただもう驚きだった。
あのカカシが、自分の学校の女子に人気。
一体何故。
「コノ高とコノ大って近いから、女子の関心や情報が集まりやすいんだよ。
ウチからコノ大に進学するひとも多いし。で、あの容姿だろ? 当然といえば当然だよな」
「……へぇ…」
「カカシさんの写真、よく売れてるぞ」
「しゃ、写真!? そんなことまで!?」
あまりのことに、イルカは目を白黒させた。
まるでアイドルか何かみたいだ。確かにカカシの外見はモテそうだけれども、
だからといって女子達にそんな人気があるとは信じ難かった。
「海外育ち…か。ネタができたな」
「ネタ?」
「そう。女子に話してやったら食いついてきそうだ」
イルカはつい、カチンときた。
「…おい、カカシさんのこと何も話したりするなよ。木の葉荘のことだって…」
「ああ、分かってるって。小耳に挟んだ情報ってことにするさ」
それでもイルカは、やめてほしいと思った。なんだか面白くない。
「言うなって。でないと、勉強教えてやんないぞ」
「えー? ケチ臭いこと言うなよ。ただの話題じゃないか」
「ダメ。何がどうなるか分かったもんじゃないし」
「…ちぇ。折角優越感に浸ってたのにさ」
コテツはつまらなそうに唇を尖らせた。
「…で、どんなひと? 教えてくれるひとって」
「……カカシさん」
言えば、わあ、と喝采を上げるコテツに、またイルカは面白くないものを感じた。
コテツに手伝わせて料理を終え、皆で食事という段階にきて、またコテツは驚いてみせた。
「うっわ、ゲンマさんまで居るんだ! ちょーすげぇ」
本人を目の前にして。
食卓には、青葉とゲンマとライドウとカカシ、そしてイルカとコテツが居る。
イルカ以外は、何がなんだと、コテツを見つめた。
「…もしかして…ゲンマさんも?」
するとコテツは頷いてみせた。
「すげーなイルカ」
「…お前…、ミーハーだったんだな」
嬉しそうなコテツに、げんなりとした気持ちでイルカが言った。
女子が喜ぶならまだ分かるのだが、どうしてコテツがそんなに喜ぶのか理解し難い。
「だって有名人だぜ? カカシさんとゲンマさん、二人がツートップ人気なんだ」
「なんの話?」
ずっと話題にされているようなので、ゲンマが問うた。
コテツがカクカクしかじかと説明すると、ゲンマは至ってクールに「へえ」とだけ答えた。
「こいつ、モデルのバイトをやったりもするからな」
すると隣りに座るライドウが、そう言った。
ゲンマはあれやこれやと色んなバイトをしていたが、その中にモデルもあったなんてイルカは知らなかった。
「え? そうなんですか?」
「知り合いのツテで。結構いいバイト料もらえんだよね」
なるほどと、イルカは思った。モデルまでやっていたのなら、知名度だって上がるだろう。
けれども、カカシは。
チラリと見ると、カカシはこの話題には全くの無関心のようで、ただサンマを食べたそうにしていた。
イルカはその様をみて、ああカカシさんだなぁ、なんて知らずホッとした。
「…このサンマ、カカシさんのお父さんがくださったものなんですよ」
そう言うと、カカシは苦い顔をして、ゲンマは「ありがとうって言っといて下さいよ」なんて
笑って言った。
カカシの家庭のことは、あの雨の出来事で、イルカだけではなく皆が知ることになった。
といっても、認知していない父親が居て、仲が良くない、という程度だが。
父親がくれたと聞いて嫌そうな顔をしたものの、
サンマを美味しそうに食べるカカシを見て、イルカは自然と笑みが零れた。
その時。
「…あのさぁ…、ライドウって名前は聞かない?」
こっそりと、イルカの隣りに腰掛けるコテツに、その隣りに座るライドウが耳打ちをしたのを。
…イルカは聞かなかったことにした。
(06.08.17up)