ひとつ屋根の下2

第4話「アンタが変えたんだよ」





 食事を終え、イルカはコテツと共に後片付けをやった。
「よくお前、いつもこんなのやってるなぁ」
 イルカが洗った食器を布巾で拭きながら、コテツが感心したように言った。
「いつもオレ一人ってわけでもないよ。青葉さんが手伝ってくれたりするし」
「青葉…ああ、あのひと? ふうん…大人しいひとだよな」
 そう。
 食卓の青葉は静かだ。
 チラチラと、気になるのかよくコテツに視線を向けてはいたものの、 話しかけはしなかった。
 元々、口数の少ないひとらしく、あまり皆と話をするほうではないみたいだ。 出会った当初、イルカとも極力会話をしようとしなかったし、目を合わせようともしなかった。
 そんなことを思い出し、人は変わるものだなぁ、なんて思った。
 カカシだってそうだし。

「よーし、終わりだ」
 翌日の朝の準備も終えて、イルカはコテツを伴い、自室に入った。
 コテツはやれやれといった調子で、どっかりとイルカが敷いた座布団の上に腰を降ろした。
 座卓を取り出し、その上にコテツ用のジュースを置くと、イルカは箪笥から着替えを取り出した。
「何? 風呂?」
「ああ。すぐ出るから、ちょっと待っててくれ。そこにテレビのリモコンが…」
「オレも一緒に入る」
「…は?」
「な、いいだろ。オレ着替えも持ってきたし」
 コテツは自分の持ってきたリュックを引き寄せ、ごそごそとその中に手を突っ込んで探っていた。
「着替えって…お前」
「今晩はここに泊めてくれよ」
「…は?」
 イルカは目を瞬かせた。
「オレ、すっかりそのつもりだし。親にもそう言って来たし」
「…な…、か、勝手なこと言うなよ! そんなのオレ聞いてないぞ!」
「だから今言ったじゃん」
「お前なぁ…!」
 平然としたままのコテツに、イルカは頭を抱えたい心境だった。 どうしてこう遠慮とかそういうものを持ち合わせていないのだろうか、この友人は。 自分とは考え方が違いすぎて、時にそれは腹立たしくもあった。
 その時、コンコン、とドアをノックする音がした。
 カカシであろうとすぐに思ったので、イルカは「はい」と返事をして戸に向かった。
「カカシさん。どうぞ」
 イルカが促すと、カカシは部屋の中に入った。
「すみません、オレこれから風呂なんですけど…」
「ああ、うん。ちょっと早く来ちゃったし。行って」
「じゃあコテツ。カカシさんと待ってろよ。んで、ちゃんと家に帰れ」
「えーっ!? なんだよケチ。風呂ぐらいいいだろ。オレも…」
 言いかけながら、自分の分の着替えを持って立ち上がろうとしたコテツを、 カカシがその肩を押して座らせた。
「か、カカシさん?」
 コテツは、少し緊張しているようだった。
 カカシは笑顔とはいえないまでも、それなりに愛想笑いを浮かべた。
「管理人さんが居ない間、オレの話し相手になってよ」
「え…、あ、はい」
 コテツは僅かに躊躇ったものの、すんなり頷いた。
「…じ、じゃあ」
 そんな二人の様子を見て、イルカは部屋を出た。
「……」
 カカシが、自分を気遣ってコテツを足止めしてくれたのは分かる。 それは大変ありがたいことだ。
 けれども。

 イルカはパタパタと足音を立てて、小走りに風呂場まで向かった。
 もやもやとしたものが胸の中広がろうとすることに、戸惑いを覚えながら。


 風呂から素早く上がり、部屋に戻れば、中から楽しそうに話す声が聞こえてきた。
「あれ、もう出たんだ」
 コテツがカカシと話していて楽しそうな顔をしたまま、イルカを振り返った。
「…ああ」
 何故だか固い声が出て、イルカは首に掛けたタオルでまだ濡れた髪を拭った。
「髪、濡れてるじゃん。乾かしてこいよ」
「…いい。これ以上待たせるの悪いし」
 イルカは腰を下ろして、さっさとテキストを取り出した。
「さ、カカシさんよろしくお願いします」
 さっさと始めてもらいたくて促した。風呂の湯に浸かってそぎ落とされた苛立ちが、 ここにきてまた微かに復活しているのが、自分で嫌だった。
「じゃ、やりますか」
 カカシもテキストを開き、講義が始まった。




ひとつ屋根の下2 第4話「アンタが変えたんだよ」





 少しだけ意外だったのは、コテツが真剣にカカシの講義を受けたことだった。
 この男なら、途中に茶々を入れたりするだろう、だなんて思っていた。
 合間に休憩を挟んでも、その間も勉強のことを質問する気の入りよう。
 そうして、三時間に及ぶカカシの授業が終わった。

「ありがとうございました」
 一旦、一同礼。
 顔を上げたコテツは、元来の好奇心旺盛な子供の顔に戻っていた。
「いや〜、カカシさんって本当凄いっすね。イルカから聞いていたけど、 想像以上に分かりやすくて、ホント勉強になりました」
「そう?」
「はい! カカシさん、予備校の講師とかしたらいいのに。オレ通いますよ」
「いやいい。そういうのはやりたくない」
「ちぇ」
「おいコテツ、もう遅いし帰れよ」
 二人の会話に割って入るように、イルカが言った。
 すると、明らかにコテツは不満な顔をした。
「なんだよイルカ。泊めてくれって言ったじゃん」
「ダメだと言ったはずだ」
「なんで? いいじゃねーかよ、一晩ぐらい」
「…ここは…だってオレは管理人だし、だからオレの家じゃないし…」
 そんな強気で言われると、もしかして自分が間違っているのだろうかという気分になってくるから不思議だ。
 しかし、間違ってはいない。これは当然のことなのだ。 友人を泊めるなんてしてはいけないから、断っているだけだ。
 そう思っても、視界に入ってない、カカシが今の自分をどう思っているのだろうか、 とか。
 考え出すと、イルカは揺らいでしまった。
「…分かったよ。明日の朝には帰れよ」
 ため息混じりにそう言うと、「やった」とコテツが喜ぶのが恨めしかった。

「……いいね。オレも交ぜてもらっていい?」

 しかしカカシがそう言いだして、イルカはぎょっとした。
「カカシさん…?」
「三人分ぐらい、布団敷けないことはないでしょ」
「そうですね」
 戸惑うイルカをよそに、コテツが勝手に返事した。
「じゃ、オレ風呂借りるな。あ、カカシさんも一緒にどうっすか。オレ、背中流しますよ」
「…ッ」
 思わずイルカはコテツに何かを怒鳴りかけた。しかし喉から出る前に、 カカシがあっさりと断った。
「いやいい。オレ一人で入るのが好きなの」
「そうですか。じゃ、お先に」
 コテツもあっさりと引き下がり、リュックから取り出した寝間着を持って勝手にスタスタと浴室へ向かった。

「………」
「どうしたの、管理人さん。変な顔して」
「…生まれつきですよ」
 自分がどんな顔をしていたのか分からなかったが、顔を手で擦った。
 とりあえず今は仏頂面。
 急に段々と、面白くない、という気持ちが膨れ上がってくる。
「カ…カカシさん、随分とコテツに優しいですよね」
「…は?」
「今日が初対面じゃないみたいです」
「そう? なんで?」
 カカシには、イルカが何故こんなことを言うのかが全く理解できていないようだった。
「オレの時とは大違い」
 自分の時は。
 初めの頃のカカシは、冷たく感じた。
 まるで会話もしたくない、という拒絶さえ感じていた。
 それなのに、コテツ相手だとどうだ。普通に話をする、それだけでも自分との違いを見せつけられるような思いがして、 コテツより自分の方がカカシと仲が良いと思っていたイルカにとっては、 面白くないものに思えたのだ。
 最初から、カカシに受け入れられたコテツが羨ましくて、ちょっと妬ましい。
 自分が時間を掛けて手に入れたものを、やすやすと手にされたような。
 そしてそんな風に考えてしまっている自分に、イルカは少なからず戸惑い、嫌悪も感じた。

「…アンタが変えたんだよ」
「え…?」
 カカシはイルカの腕を掴むと、引き寄せた。
「アンタの友達だっていうから、あたり障り無くやってんの。褒めて欲しいんだけど」
「……」
「でも。いくら友達だからって、二人きりで眠らせたりなんかしないから。 オレだってまだなのに」
「…な…っ、何を言って…っ」
 一気にイルカの頬が熱くなった。
 それではなにか。一緒に眠るというのは、その為だったというのか。
「オレが真ん中ね。大丈夫、流石にオレだって他に誰か居てるのに、何もしないから」
「か…カカシさんッ!」
 イルカは耳まで真っ赤になって、怒鳴りつけた。しかしカカシは一向に堪えた様子も無く、 余裕綽々とした態度で笑っている。
 そんなカカシを見て、イルカは何故か心拍数を上げた。
「…あ、そうだっ、バスタオル、あいつ持ってなかったはずだ」
 わざと大きく声に出して、イルカはカカシの腕を振り解くと、箪笥からバスタオルを取り出して、 部屋から出て行った。

 不可解な感情が、自分の中に渦巻いているのを感じる。
 カカシに掴まれた腕が、未だに掴まれているような感触を残していた。



(06.09.05up)