第5話「誰より知りたい」
風呂場に行けば、コテツひとりとは違い、もう一人分の着替えが籠の中に入っていた。
どうやら青葉も入浴に来ているようだった。
「……」
あの二人がどんな様子なのか、興味が沸かないでもなかったが、
さりとて覗くのもなんだしと、イルカはコテツの分のバスタオルを出すとさっさと出て行った。
イルカが部屋に戻ると、カカシは居なかった。
とりあえず、布団を敷くかと客用布団を出していると、カカシが自分用布団を抱えて入ってきた。
「上掛けだけ?」
「だって面倒だし、みっつなんて敷けないよココ。いいよアンタの布団に寝そべるから。上掛けだけあったら十分でしょ」
「な…、そんな勝手な。狭いですよ」
そう抗議するのにも構わず、カカシはイルカが敷きかけていた客用とイルカ用の敷布団を引き寄せて隣接させた。
「これでいいでしょ」
「…よくないです」
むうっと、眉を寄せる。
これでは三人そろってぎゅうぎゅうだ。
そんなイルカの眉間を、カカシの指が押した。
イルカは予想外のカカシの行動に、寄せ眉は解かれ、驚きに目を瞬かせた。
「なんか、かわいい顔」
カカシは口元に笑みを浮かべた。
「……ッ」
瞬時にイルカの頬が熱を持つ。
馬鹿にされてる。子ども扱いされている。
そう思って、何か言ってやろうとしたら、そこにタイミング良くというか、
コテツが入ってきた。
「脱出〜…」
うんざりとした表情でそんなことを言うので、最初は何のことだかさっぱり分からなかったが。
「もうさーなんなのあの青葉ってひとは。大人しいひとだと思っていたのに、
さっき風呂場で一緒になってみると、あれこれあれこれお前のこと訊いてきてさ、
オレ質問攻め。たまんねーから早々に切り上げてきた」
はぁ、と深い息を吐く。
「…そ、そうか」
イルカは他に何も言えなかった。
「お前のことを好きな奴居るのかとか…知らねえっての。適当に『居るんじゃないっすかね』
なんて言っちまったもんだから、その後の追及の凄さッたら」
「…居るの?」
そこで、カカシが問うた。
「管理人さんのことを好きな奴、学校に居るの?」
その真剣な様子に、コテツは面食らったようだった。
「い、いえ…、適当に答えただけなんですってば。居てもおかしくはないよなっていう程度で。
そんなのマジ知らないっす」
わはは、と作った笑いを浮かべてコテツが答えた。
すると今度は、カカシはじっとイルカを見つめた。
「い、いませんよそんなひと。大体オレ達勉強でそれどころじゃないんですってば」
「…ふぅん」
どこか疑わしげな雰囲気を纏うカカシに、何でそんな風に責める響きを持たれなきゃいけないのかと、
イルカは少しばかり腹立たしい気持ちになった。
「おお、ふっとんふっとん! オレ端っこがいい!」
敷かれた布団を見て、コテツは楽しげだった。
本当に子供だコイツ、とイルカは呆れた。
そしてふと時計を見れば、もう十一時をとっくに回っている。
「じゃ、オレ風呂入ってくるから」
カカシはそう言うと、部屋を出て行った。
すでに端っこで寝転んでいるコテツに、もうしょうがないとばかりにイルカは息を吐き、
自分が寝るのであろうもう片方の端に布団を掛けた。
翌日は休みだ。だから気持ち、のんびりとした気分になれる土曜は好きだった。
下宿生が全員戻っていることを確認し、戸締りを確認して、
部屋に戻ったイルカはまだ寝るのには早いので、今日カカシから習った場所を少しおさらいした。
「イルカってすげーな」
そんなイルカをテレビを見て寝そべっていたコテツは、感心したように褒めた。
そこで、カカシが風呂から上がって部屋に入ってきた。
面倒臭いのか――それともコテツに気を許したのか、カツラとコンタクトを外していた。
「…えっ、誰っ!? もしかしてカカシさんっ?」
当然コテツは驚き、けれどもカカシは暢気な調子で「オレ実はハーフなの」と答えた。
「…はぁ。あ、そういえばイルカ言ってたよな。海外育ちって。そーいうことかぁ」
コテツはあっさりと納得した。
カカシは、イルカがそう説明したいたと聞き、チラリと視線を寄越したが、
イルカはふいと顔を背けた。そう説明せざるをえないことをしたのはカカシのせいだと思いながら。
「このこと、学校とかではナイショね」
カカシが口止めをすると、コテツはあっさり「いいですよ」と頷いた。
それを見て、まぁいいか、とイルカは思った。コテツはこう見えて口が堅い男だ。
コテツは、三人揃った所で…とばかりに、ごそごそと持ってきたリュックの中から、
ビデオテープを取り出した。
「これの鑑賞会、しようぜ」
楽しげにそう言い、ビデオデッキにそのビデオを挿入した。
「…何のビデオ?」
イルカが問うと、コテツはいやらしい笑みを浮かべた。
「何って。男が夜に集まって見るっつったら、アダルトしかないだろ」
イルカはアダルトビデオと聞いて、ビックリしてみせた。
一方カカシは無反応に近く、イルカの隣りに寝そべった。
「な…ッ、お前ッ」
「なんだよ。お前まさか見たくないとか言わないだろうな? オレまだ見たこと無いけど、コレはオレの兄貴が海外から買ってきた、
所謂無修正モンだぜ。金髪ネーちゃんの生唾ゴックンだぜ? オレ、
ここで見るの楽しみにして兄貴から借りてきたんだ。見なきゃ損だって」
「み、見たくなんかないからやめろよっ」
「えっ嘘っ、ありえねー。ねえカカシさん」
カカシは話をふられ、顔を上げた。
「ん? ま、このヒトお子様だから」
そう言われて、イルカはカチンときた。
「なっ何ですかその言い方は!? オレだってアダルトのひとつやふたつ…ッ!」
「じゃ、見るぜ〜」
ついカッとなって言えば、コテツは了承を得たとばかりにビデオの再生ボタンを押した。
「あ、イルカ。ティッシュは…」
イルカは、ティッシュケースをコテツに投げつけた。
ひとつ屋根の下2 第5話「誰より知りたい」
「アゥ、オオゥ、オオウゥッ」
テレビ画面からは、海外の女性特有の喘ぎ声が流れて。
そのテレビの前に陣取り、ティッシュの箱を身近に置いていたコテツは、白けた顔をしていた。
「…確かに無修正だけどさ。ヤッてるとこも映ってないよな、コレ」
テレビ画面には、悶える女優と男優の、上半身のみが映し出され、肝心の部分はカットアウトされていた。
それにどうも、海外女性の喘ぎ声はもえないみたいだ。
イルカは布団をかぶってテレビを見ずの態で、カカシはその横でつまらなそうな顔で寝そべって見ていた。
「もーいいや、これ」
コテツはビデオテープを取り出すと、今度はまた違うテープを入れた。
いい加減やめればいいのに。
そう思うイルカは、こういうのが苦手だった。
性への興味が無いわけが無い。イルカだって健全な男、しかも若いのだ。
そりゃあ、人並みにある。
しかし男同士で猥談などを経験する暇が無いままこの歳になったイルカにとっては、
こういった場合の反応というのが大変難しいものであった。
開けっぴろげなコテツが信じられない心境だ。
こういうのは、深夜にひとりでコソコソとするものではないのか。
しかも。隣りには、カカシが居る。
それだけで、こういったことは勘弁して欲しかった。
また新たなビデオが再生され、最初の部分を早送りしている音が聞こえてきたが、
それが止み、今度は声が聞こえだした。
放っといて寝ようとしたイルカに、その声が滑り込んできた。
「ああ、いやぁ…ッ、やめてぇ」
ドキリとして、思わずイルカはテレビ画面を見た。
今度はどうやら、日本モノらしい。
セーラー服の女の子が、男に捕まっている。
さっきの外人とは違って、妙にリアルだ。
イルカはまたテレビから顔を背けて、今度は布団を頭からかぶった。
「…あ…、あん、あん、ああ…ッ」
それなのに、喘ぎ声が聞こえてくる。
肉と肉がぶつかる音も。
心臓がドキドキしっぱなしだ。
自分が興奮していくのが分かる。これぐらいで。見てもいないのに。
「…演技くさい喘ぎ」
「そーっすね。でも結構可愛いですよ」
なのに二人は平坦な声を出している。それがイルカに余計に羞恥心を抱かせた。
そんな風に言われては、この声を聞いているだけで身体が熱くなっている自分はどうなのだ。
「あああんっ、あん、イイッ、あんっ」
「…ッ」
イルカはガバッと立ち上がった。
「イルカ?」
「…ふ、風呂の湯を抜き忘れてたから…行って来る。あと戸締りの確認とか」
そう言い、イルカは部屋を出た。
「…っくしょ…」
イルカは浴室に入り、顔を洗った。
二人は平気そうだったのに、自分だけ、と思うと余計に恥ずかしかった。
さっぱりしたところで、ひとつ息を吐く。
浴槽の湯を抜き、それが流れ終わるのを、ぼうっと見ていたイルカは、
その声がするまで存在に気付かなかった。
「…なぁんだ。ホントに湯を抜くだけだったんだ」
「…カッ、カカシさん…」
振り返れば、カカシは浴室に既に居た。
全然気付かなかったから、ビックリして心臓がひっくり返っている。
カカシは、戸を閉じてイルカに近づいた。
「てっきり自分のも抜いてんのかなーなんて思ったんだけど」
それが指すことが分からないはずがなく、イルカはカァッと赤くなった。
「なっ何言ってるんですかっ、そーいう冗談オレは好きじゃないです、やめて下さい」
憤慨して言えば、カカシはくすりと小さく口元に笑みを浮かべた。
ずい、とカカシは近づいてくる。
腹立たしいのと妙に気恥ずかしいのとで、イルカはカカシから逃れるようにするりと脇をすり抜けて、
ここから出て行こうとした。
そのイルカの後姿、そして項を目に留めたカカシは、
ふいにフラッシュバックのように今日の昼間の出来事が脳を過ぎった。
―― カジ、という名の男の姿が。
ただそれだけで、カカシの胸がざわざわと気味悪く騒ぎ出し、
半ば無意識のように腕を伸ばしてイルカを抱き込んだ。
「ちょっ、カカシさん、放してくださいっ」
イルカは突然の抱擁に抗ったが、カカシにとってそんなイルカの行動は正体の知れない不安感に拍車を掛けるだけで、
自然と腕に力が篭った。
「カカシさん…?」
そんなカカシの様子に、イルカが不審がかった声を出した。
どうして急にこんな風に、胸が騒ぐのか。
自分でだって分からない。
あの男の存在、ただそれだけで。
それだけなのに。
擁くイルカのその背中を撫でる。
それだけの刺激で、過剰に揺れる身体。
―― この傷は、誰に付けられた…?
そんなこと、口にすることが出来るはずもなく。
ギリ、と歯を噛み締める。
「―― アンタのこと、誰より知りたい」
「…カカシ、さん…?」
「早くオレのものになって」
顔の見えないカカシが、強引な口調とは裏腹に何故か怯えているような気がして、
イルカはどうしていいか分からなくなった。
一体どうして。さっきまでは、本当に普通だったはずだ。
…いや。そういえば、昼間帰ってきた時に様子がおかしかった。
こんな風に、必死さを滲ませて抱きついていた。
その戸惑いからイルカの動きが鈍る。
するとカカシは、抱きついていた腕を下げ、
イルカの下穿きの中に、手を侵入させた。
(06.09.23up)
ビデオテープて…年代を感じる。