ひとつ屋根の下2

第6話「なんで?」





「海野イルカは…彼は今、何処に住んでいるんですか? …教えて下さい」


 目の前の男は、平凡な男だった。
 大人しそうでとても他人に危害を加えるようなことは出来無そうな。
 イルカといとこというだが、あまり似てはいない。
 そんな男が、カカシには得体の知れない恐怖を与えた。

「……さあ? 知らない」
 カカシは乾いた喉に唾を飲み込ませた後、至って平然とそう答えた。
 この男に、イルカのことを教えてはいけない。そう判断した。
「そんな…、イルカと友人ではないのですか?」
 カジは困ったように言った。
「…別に。たまたま知り合っただけでよく知らない。弓道が好きっていうから連れてきただけ。 …そう、ミズキにも言ったはずだけど?」
 ミズキに尋ねられても、こう答えて追究させなかった。
「あー…いや、こないだこいつと連絡取った時に、イルカと会ったと言ったら、 どうしても会いたいって言い出して。知らないって言われたとも言ったんですけど、 そうしたら自分で直接聞くってこうやって来ちゃいまして…」
 ははは、と苦笑い混じりにミズキが言い訳した。
「ミズキからもそう聞きましたが、それでも諦めきれず…。どうしてもイルカに会いたいんです」
 カジは、見かけによらず頑として引かなかった。
「…知らないものは知らない」
 それでもカカシは教える気にはならなかった。
「大体、アンタ親戚なんでしょ? だったらどうして居場所を知らないの」
 そして、当然の疑問をぶつけた。
 思えばおかしなことだ。親戚でありながら、赤の他人で初対面の男に居場所を聞かねばならないとは。
 イルカは…――

 だが考えた所で、過去に何があったかはカカシには知りようも無かった。
 知らないのだ。
 本当に。
 イルカのことを、何も知らない。

「いやぁ…確かに」
 カジは、鼻の上を指で掻いた。
「やっぱり知ってらっしゃるんでしょう? オレの家に一緒に住んでいた時はあったんですが、 イルカは…オレ達家族に内緒で出て行った」
「……」
 そんなことは知らなかった。
「…え…っ、えっ、うっそ!?」
 隣りでミズキが驚きの声を上げた。
「どこまで聞いてらっしゃるか知りませんが…、オレはイルカに会いたいです。会って、 話がしたいんです。どうか教えて下さい」
「…知らないって言ってるでしょ」
 胸をざわっと逆撫でる風が不愉快で、カカシは苛立たしさを言葉に乗せて、 ふいと背を向けた。そしてそのまま、部室から出て行った。

 自分が知らないイルカを、あの男は知っている。
 それをあの男から聞くのは、どうにも我慢ができなかった。
 知らない、ということがとても腹立たしくなる。
 イルカのことを知らない。
 知りたいと思ったことはあった。今でもある。彼のことなら、何でも知りたい。
 いくつかのことを尋ねたりした。
 それでも訊けないこともあった。
 知りたいと思うその裏は、知らないということなのだ。
 こんな風に思ったことは無かった。
 というか、考えたことがなかった。
 そして。

 あのカジという男の出現程度で、 イルカが自分の前から消えてしまいそうな焦燥を覚えた。
 そんなことは許せない。
 イルカは誰にも渡さない。渡したくなんてない。
 だけどもイルカはまだ自分を選んではいないのだ。
 キスをして、抱き締めて。
 それだけで近付いている気になっていた。
 まだ、イルカをカケラも手に入れることが出来てないということを、知った。




ひとつ屋根の下2 第6話「なんで?」





 イルカは、思っても見なかった行動に、カカシの手の侵入を許してしまった。
 だが、すぐに身を捩って抗った。
「な…っ、何するんですかっ」
 キスは何度もされたけれど、こんなことをカカシがしたのは初めてのことだ。
 本気で嫌だと思った。
 どうしてこんなことを。
 
 それでもカカシはイルカを押さえ込み、イルカの性器に触れた。

「や…嫌ですっ、離して下さいカカシさんっ!」
「…じっとしてて。気持ちよくしてあげる」
「いいっ嫌だって、カカ…ッ」

 ぎゅっと大事な場所を握りこまれて、本能的な怯えがイルカの身を走り、動きを止めた。
「…あ…」
 小さく震えるイルカの、そのこめかみにカカシは優しくキスをする。
 それと同じように、カカシの手淫も緩やかに動きだした。
 イルカは少し緊張を解いたものの、先ほどの恐怖がまだ根っこにあって、 逃げ出せなくなってしまった。
「…カ…カカシさ…」
 なんとか止めて欲しくて、懇願するように名を呼んでも、カカシは動きを止めようとはしなかった。

 他人の手に触れられるのは、初めてだ。
 カカシの手が擦りあげる度に、腰元からぞくぞくとしたものが背筋を這い上がっていく。
 それがまた、イルカに別の恐怖を与えた。

「嫌だ、やめ…」
 身動きが取れなくなった体の中で、唯一拒絶を示せる口を、それさえもカカシは同じ唇で塞ぐ。
「……ッ」
 カカシの手の動きに、拒絶したい心とは裏腹にそこは大きく膨らんでいく。
 イルカは身体の力が勝手に抜けて、ガクガクとする膝を折った。イルカの動きに合わせ、 カカシも固いタイルの上に膝立ちする。
 塞がれたままの唇にイルカは酸素不足で頭の中がくらくらとして、 カカシが及ぼす快楽に意識が次第に飲み込まれていく。
「…ん、は…ぁ」
 合わさる唇が離れる度に、イルカの唇からは吐息と共に艶かしい声が漏れた。
 カカシのモノも下着の中できつくなっていた。
 アダルトビデオなんて見てもどうもなかったが、 それに反応しているイルカには密かに興奮していたのだ。こんなイルカを間近にしてはひとたまりも無い。

 その時、カカシは微かに聞こえる物音に、チラリと戸の方へ目をやった。
 それはコテツで、カカシと目が合うと、真っ赤になって慌てて出て行った。 恐らく、戻ってこない二人に様子を見に来たのだろう。
 イルカは気付かなかった。戸がイルカの背後にあるということと、意識が朦朧とした状態だったからだ。
 対してカカシは、戸を完全に閉じていなかったことを分かっていた。 そして、コテツが様子を見にくる可能性があるということも。
 別に見られたって構わなかった。

「ね…イこ」
 囁きを吹きかけた耳に舌を捻じ込み、擦りあわす手の動きを早めた。
「は…ああっ!」
 ビクン、と背を弓なりに反らせて、イルカは射精した。カカシは先を手で覆って、 汚れないようにした。


 ハァハァ、と息を吐き出すイルカの額にカカシはキスをした。
 すると、イルカはカカシからプイと顔を背けた。
「管理人さん?」
「…し…信じられない…っ、こんな、こんなこと…っ」
 イルカは真っ赤な顔で涙目になってふるふると震えた。
 カカシの手でイかされた。
 まだ、恋人同士になったわけじゃない関係のひとに。
 キスだって容認したわけでもないのに、更に飛び越えたことをやってしまった。
「…気持ち良く無かった?」
「そういうことを言っているわけじゃありませんっ!」
 イルカが怒鳴ってみせても、カカシにはイルカの気持ちが分からないようだった。 小首を傾げて困った顔をしている。
 どうして分からないのだ。
「気持ちよかったならいいじゃない」
「だから…っ」
 そういう問題じゃない、と言いかけて、イルカは口を噤んだ。
 どう言ったら分かってもらえるのかが分からない。
 どうしてこう、カカシは自分とは感覚が違うのだろうか、と、 こんなカカシを見ていると腹立たしいよりも悲しい気持ちになっていく。
 だけども、カカシはひととの関わりを拒んだ子供時代を送っていたから。 だから分からないことも、感覚の違いもしょうのないことでもある。
 毒気を抜かれてしまったイルカは、ふうと諦めの息を吐いた。
「もう…こんなこと、しないで下さいね」
 そう言えば、カカシは何故か不機嫌な顔になった。
「なんで?」
「………」
 なんでって。
 イルカはぽかんとしてカカシを見た。
 まさかこんな風に返されるなんて思ってもみなかった。
「オレはしたい。もっと色んなこともしたい」
 色んなことって何だ、と、イルカはガーッと赤くなった。
「…そ、そういうのは恋人に、ですっ! オレ達はそんな関係じゃないでしょう!?」
 つい勢いに任せて出た言葉に、カカシの顔を見ずともしまったとイルカは思って口を手で覆った。
 正論なのだが。それでも言いたくなかった言葉でもある。

「…分かった」

 カカシは意外にもすんなりとそう言うと、立ち上がって風呂場を出て行こうとした。
 イルカは咄嗟に呼びとめようとして、しかし口を噤んだまま見送った。

 イルカは、自分のことをずるいと思った。
 自分のことを好きだというカカシに、受験のことがあるから考えられないので返事を待ってくれと、 待たせている状態で。
 カカシが自分を好きでいて、待ってくれているこの状態が続けばいいと密かに思っていた。
 応えられないのに。
 正直な話。…カカシには自分を好きでいて欲しいのだ。
 だから、恋人じゃない、なんて当然の関係なのに、それを口にしたくはなかった。 そう言って、二人の間にある微妙な空気を断ち切ることが嫌だったのだ。
 ずるいと思う。

 カカシのことを…――好きでもないくせに。



(06.10.31up)