ひとつ屋根の下2

第21話「喜んでくれるかな…?」





 冬の空というものは、どんよりとしていて晴れるでもなく、 かといって雨が降りそうというわけでもない。
 朝の十時に、紅が木の葉荘まで迎えに来るということで、 カカシは渋々ながらも準備を済ませて待っていた。
 そこへ、丁度十時に、インターホンが鳴るのが聞こえた。
「…面倒くさい」
 ぼやきつつも、カカシは重い腰を上げた。




〈イルカ君、おはよう。久しぶりね〉
「…はい。おはようございます」
 イルカはインターホン越しに紅と会話していた。
 笑顔が上手く作れないので、出たくなかった。
「…カカシさんですよね。少し待っていて下さい」
 そう告げて、カカシを呼ぼうとしたら、カカシが階段から降りてくるのが見えた。
「…カカシさん…、紅さんが…」
「うん、分かってる」
「……」
 カカシのそんなたいしたこと無い一言程度に、傷ついている自分がいる。
 行ってらっしゃい、と言うのが嫌で、イルカはさっと玄関から離れた。
 紅のことは知っている、あの美しい人だ。けれども二人はなんでもないと言っていたではないか。
 以前から二人が仲良しだと分かっていたし、恋人なのだと誤解していた時もある。
 でもそれが、今は誤解ではなくなっというのか。
 そういえば、ハロウィン祭の時…カカシがじゃんけんゲームで勝ち残り、 キスの権利を与えられ―― カカシが選んだのは、自分ではなく紅だった。
 カカシなんて、さっぱり分からない。
 その後、自分に無理矢理キスをしてきたのに。
 一体、いつから。

 心変わりを責める権利など、自分には無いということはよく分かっている。 好きと告げてくれた時に、返事は待って欲しいと言っただけで、受けたわけじゃなかった。 待たなくてもカカシが悪くなんかないのは当然だ。
 ただでさえ、カカシはよくモテる。そんなひとが、こんな特に綺麗なわけでもなく、 平凡な男をいつまでも好きでい続けてくれるなんて考える方がおかしいのだ。
 だが。あのキスや抱擁は何だったのだと詰る権利ぐらいはあるんじゃないだろうか。
 そう思いながらも、訊く事なんて出来ずにいた。

 ライドウやナルトが言っていた、美人の彼女というのは、マキではなく紅のことだったのか。
 確かに、カカシと紅ならば美男美女、まさにお似合いだ。

 カカシは…本当はどうだったのだろう。
好きだと言ってくれていたのは、あれは全部嘘だったのだろうか。それとも、 少しは本当だったのだろうか。
 今はもう、何も分からない。

 悶々としたイルカに、玄関の戸が開き、そして閉じる音が聞こえた。




ひとつ屋根の下2 第21話「喜んでくれるかな…?」





「…何でオレはこんなことを…」
「まだ言ってる」

 ともかく最初の目的ともいえる、映画を見終えて、適当に昼食をとり、 その後時間潰しのように二人でショッピングモールを散策の途中のぼやき。
 本来ならば。
 日曜日はゆっくりとした朝を過ごし、洗濯なんかもして、そして昼にはイルカの手料理を食べて。 そしてその後は、イルカの勉強をみる予定が。
 なのに、現状を思えば愚痴ぐらい零したくなるというものだ。
 一方、紅は割合この現況を楽しんでいるようだ。
 基本的に、誰もが美形と認めるカカシを連れて歩く分には、気分のいいものである。
 買い物も、気に召すものがあったようで、既に服を三着、パンプスを一足購入している。
「アンタさ…まだ買う気なの?」
 新たに店に入ろうとした紅に、うんざりしたようにカカシが言った。
「馬鹿ね。買うかどうかは見てから決めるの。さ、早く来なさいよ」
 カカシは溜息を吐きながら、紅に従った。


 そうして歩く中で、カカシはとある店を見つけて立ち止まった。
 それは、イルカが好きだと言ったブランドの店。そして、イルカの誕生日に一緒に来た店だ。
「…カカシ?」
 呼び掛ける紅に構うことなく、カカシはその店に入った。
 マネキンが着用しているマフラーを、店に入る前から気に入っていて、それをじっくりと見る。
 最初に目にした時から、イルカによく似合いそうだと思った。実際、 ブルーと茶系の淡く優しい色合いが、イルカにとても似合いそうだ。
 一昨日の夜、寒そうにしていたイルカを思い出す。
「なによ、アンタも買い物? 気に入ったの?」
 じっと見つめて動かないカカシに、紅が話しかけた。
「オレじゃなくて、管理人さんに似合いそうだと思って。あのマフラー」
「…そう」
 紅はキョロ、と店内を見渡して、そしてある棚に足を向けてカカシを呼んだ。
「これと同じじゃない?」
 マネキンがしているのと同じマフラーを見つけ、指差す。
 手にとってみると、カカシは益々イルカにあげたくなった。
 だけど。
「…うーん…誕生日はまだまだだし…」
「…何言ってるの?」
「これ…管理人さんにプレゼントしたいんだけど。でも誕生日は五月だし」
「……別に誕生日のプレゼントじゃなくてもいいじゃない」
 真剣に悩む様子のカカシに、不思議そうに紅が言った。
「え?」
 それを聞いて、カカシはとても意外なことを告げられたような顔をした。
「何言ってんだか。別にあげたいなら今日にだって買ってあげたらいいじゃないのよ。 何誕生日にこだわってんの」
「……」
 そういうものなのか。
「…まぁ…一ヵ月後にクリスマスプレゼントでもいいかもだけど」

「……喜んでくれるかな…?」

「え?」
「あのひと、喜んでくれるかな。すごく気を使うひとだから、 誕生日だって中々受け取ってくれなかったし。なのに、今日渡しても受け取って、喜んでくれる?」
イルカが、プレゼントを受け取って、またあの五月の誕生日のように、嬉しそうに笑ってくれるだろうか。
 あの顔が見たいと思った。
 最近、沈んでいるように思うし、本当に笑った顔を見ていないから。

 必死に問うてくるカカシに、紅は微笑ましくてクスリと笑った。
「…そりゃあ、アンタと違って気を使う良い子だけど、 アンタのプレゼント、きっと喜んでくれるわよ。そういう子でしょう?」
「……!」
 そう答えると、カカシは嬉しそうにはにかんだ笑顔を浮かべた。
 それには紅だって目を瞠った。
「ね、紅、本当にこれでいいと思う? こっちの方が似合うかな」
「アンタが決めなさいよ」
「うーん…、オレ、誰かにプレゼントって自分で選んだことない」
 プレゼントなんて、イルカの誕生日プレゼントが生まれて初めての体験だ。 それだってイルカが気に入ったものを買っただけにすぎない。
 カカシは悩み顔で、数点置かれたマフラーの中から、イルカを思い浮かべてあれこれ選んだ。 悩みつつも、ちょっと楽しそうでもある。
 その様を、紅は微笑ましい気持ちと、ちょっぴり羨ましい気持ちで眺めていた。
 本当にイルカのことが好きなのだなぁ、とつくづく感心する。
 そして、そうだったとあることに思い当たった。
 話しかけようとすると、カカシは結局最初に見初めたマフラーに決めたようで、 それを手にレジに足を進めていた。
「……」
 傍観するつもりだったが、つい気になって紅もレジに向かった。
「ちょっと、これプレゼントなんで包んでもらえませんか?」
 疎いカカシが何も言わなかった為、案の定本人用だと思った店員がそのままビニールバッグに入れる所だったのを、 紅がそう口を挟んだ為に慌てて箱を取り出した。
「こちらでよろしいでしょうか」
 店員は一応箱を確認させるが、カカシにはよく分からない。紅をちらりと見ると、 「はい」と代わりに紅が返事してくれた。
「…ふぅん」
 その作業を見つめながら、そういうものかとカカシは思った。
 そういえば、誕生日プレゼントはラッピングしてもらっていた。 あの時はプレゼントだと明言していたから、別段言わなくても分かってもらえていたのだ。
 少し勉強になったカカシだった。
 いつでもあげていいと知ったので、これからはそうすることにした。




 イルカへのプレゼントを手に、カカシは嬉しそうだった。
 そして、早く帰りたいと言う。
 紅もそれに否は無かった。買い物もしたし、色々とストレス解消することが出来た。
 しかしそれが紅の本来の目的ではない。
「カカシ…そういえば気になってたんだけど。今朝迎えに行ったら、イルカ君、 すぐに私の目的がカカシだって分かったようなんだけどさ、…アンタなんか言ったの?」
「ん? ああ…アスマに紅と映画観にいくって言った時、管理人さんも一緒に居たからじゃないかな」
 何でもないことのように言うカカシを、紅はギョッとして見た。
「アンタ何そんな…、ああ、ちゃんと誤解は解いたのよね…? 私とアンタはそういう仲じゃないって」
「いや?」
 何でそんなことを、という顔をしてカカシが答えた。
「そういう仲も何も、あの人が何の誤解するっての?」
 本気で分かってないようだった。
 紅は宇宙人を見た。
 それは目の前に居る。
 以前からあきれるぐらい感覚の狂った男だと思っていたが。
「…アンタね…本気でイルカ君を落とす気があるの?」
「当たり前でしょ」
 憮然と答えるカカシを、殴ってやりたくなるのは人として間違って無いと思う。
「もう、アンタには何から教えなきゃいけないのか分かんないわ…」
「…なんだよ」
「アンタね…帰ったら真っ先にイルカ君に私とアンタは何でもないって言うのよ。 いい? ちゃんと説明するのよ?」
「…紅がアスマを誤解させたくて仕組んだことだって?」
 そう言うと、紅は目を見開いた。
「…分かってたの?」
 そう問う紅の頬は、赤い。
「ま、ね。つか当然でしょ。アスマに言えなんてさ。それにアンタ達がそうだって分かってたし」
「いつから?」
 動揺を孕んだ紅の問いに、カカシは少し考えて答えた。
「いつからかはよく覚えてないけど、二人を見てたらそーなのかと思った。でも多分、 オレが管理人さん好きになってからだよ」
 人を好きになるという気持ちを知ったから。
 だからハロウィンパーティでも、紅を指名した。そうすれば、 おそらく実行委員のアスマが黙ってはいないだろうと。それは自分に当てはめて考えた結果だが、 事実そうなった。
「…そ、そう」
 紅はまだ動揺して、落ち着きの無い様子だ。
「で、でもまだ別にそういう仲になったってわけじゃないのよ。あいつハッキリしないし。 こないだだって…って、私達のことはどうでもいいのよ。だからそれは言わなくていいのよ。全く、 女に恥かかせようなんて最低ね」
 今度はプリプリと怒り出す紅だが、カカシには何が恥なのかもよく分からなかった。
「それにね。アンタ考えてもみなさいよ。これをアスマが誤解するっていうなら、 イルカ君だって誤解して当然でしょう。アンタが私を好きになったと思うってことよ?  それでいいの?」
「よくない」
 即答するカカシに、紅は分かってくれたのかとホッとした。
 紅に、カカシとイルカの仲を邪魔する気持ちはさらさら無い。それどころか、 これはカカシには死んでも言わないが、案外健気なカカシを応援したいとも思っている。
 カカシの完全な片思いらしいが、それでも心変わりと思われたらカカシの不利益にしかならないだろう。
 誤解を解いた後は、オレが好きなのは管理人さんだけ、とかそういう甘い言葉を吐けば大丈夫だろう。
 そう考える紅は、カカシがそういった事を言ってはいけないと思い込んでいることは知らなかった。
 カカシはここで、紅の予想してなかったことを言った。
「でもさ、別にそんなこと言わなくっても大丈夫。管理人さんは分かってるって」
「え? なんでそう思うの?」
「管理人さんはそんな誤解なんてしないよ。オレがどれだけ好きか知ってるから」
「……」
 ハイハイ、と。紅はやってられない気持ちになった。
「…あのねぇ。恋愛なんてちょっとしたヒビでダメになるんだから、ちゃんと言うのよ。 だからマキの家にも行くなっつってんのよ」
 言っても無駄かもしれないと思いつつ、紅は釘を刺した。
「…ハーイ。マキの家も行ってないよ」
 どこか投げやりに返事をしたカカシの意識は、ほぼ手に持つプレゼントに注がれている。
「…もう」
 これ以上は言っても無駄だと紅は判断した。




 二人は木の葉荘まで一緒に戻った。
 別に来なくていいのにと思うカカシは、しかし紅の目的におおよそ検討がついていた。 デートをしていたことを、アスマにわざわざ見せ付ける為だ。朝迎えに来たのだってその為で、 よくやるよとカカシはこっそり息を吐いた。
 こんなまだるっこしいことをせずに、想いを告げあえばいいのにと思う。アスマにしろ、紅にしろ。 両想いのくせに、腹の立つ。

「…じゃあ、ここでお別れね」
 木の葉荘のすぐ傍。建物を正面に見て、その斜め辺りで立ち止まり、紅が告げた。
「ああ」
 カカシが木の葉荘に背を向け、その正面に紅が立つ格好。紅がさっきから、 チロチロと木の葉荘を見ていることを、カカシは知っている。
 ふと、何かに気付いた顔をした紅は、突然カカシの腕にぎゅっと抱きついた。
「…何ソレ」
 カカシが冷めた声で問うと、「うるさいから黙ってじっとしてて」と紅が声を潜めた。
「……」
 するとカカシは、紅の両肩をがしっと掴み―― そして僅かに傾げた顔を、紅の顔に近づけた。
「…きゃっ」
 咄嗟に逃れようとする紅を、けれどもしっかり肩を掴んだカカシが許さない。この時紅は、 男の力の強さを知った。
 怯えそうになる紅の耳に、カカシが小声で囁く。
「…じっとして。熊が観てるんでしょ」
「…!」
 紅は目を見開き、けれども次にその目を閉じて大人しくした。
「もういいかな」
 十秒ぐらい経ち、カカシは紅を離した。
「…あ、ホラ来た。もうオレを巻き込むの勘弁ね」
「カカシ…」
 紅は言葉にしないものの、深謝を声音に響かせた。
 アスマが、木の葉荘の玄関から憤怒の形相で飛び出してきて、カカシ目掛けて突進してきた。
「…こんだけの行動力があるなら、さっさと告白でも何でもすりゃあいいのに」
 アスマにしたって、この紅にしたって。厳しいことでも何でもズバズバ言うくせに、 この手のことに関してはてんでダメときている。
 何を煮え切らないのか分からないが、喧嘩ばかりせずさっさと告白でもしてくっついていたら、 そしたらこんな面倒事に巻き込まれずに済んだのだ。そう思うと、苛立ってもくる。
「カカシ、貴様ァッ!」
「アスマやめてっ!」
 殴り掛かろうとするアスマのその握り拳を、カカシは難なくかわした。そしてお返しとばかりに、 カウンターパンチをお見舞いする。
「…ぐっ!」
 ヨロリとよろけるアスマを、紅が咄嗟に支えた。
「アスマやめて。これはお芝居なんだから」
「…はぁ?」
 素っ頓狂な声を上げたアスマは、半信半疑の目を紅に向ける。
「じゃ。オレは帰るから」
 後は二人でやってて、とばかりに、カカシは木の葉荘の玄関へと向かった。
あの二人がくっつこうがまた揉めようが、自分に被害が及ばない限りはどうでもいい。 そんなことよりも、早くイルカに、このプレゼントを渡したかった。

 しかし、木の葉荘に背を向けていたカカシは気付かなかった。
 そしてアスマのことばかり頭にあった紅も、見落としていた。



 ―― 二人のキスの芝居を、イルカも見ていたということを。



(07.06.19up)