ひとつ屋根の下2

第31話「誰誘おう」





「…じゃあ」
 木の葉荘の玄関を出て、カジは見送るイルカとカカシを振り返った。
「気をつけて」
「…イルカ。これ」
 カジは鞄の中から、ビニールバッグを手渡した。イルカは受け取って、何だろうと中を覗き見た。
「…あ!」
 それは、カカシのプレゼントだった。
 カジに再会した時、逃げようとして投げつけたのだ。あれからあの場所で探して回ったが、 見つけられずにいて落ち込んだりしていた。
「…イルカ。オレが言えた義理じゃないけど…幸せになれよ」
「……カジ兄さんも…」
 思わず目が潤む。
 おそらくこれが最後の別れ。もう二度と会うことは無いだろう。
「ああ。頑張るよ」
 そう告げると、カジは振り向きそのまま歩き出した。二度と振り返ることはしなかった。

 カジの姿が見えなくなるまで見送ったイルカは、なんて呆気無いものだろうと思った。
 こんな簡単なことに…今まで逃げていたのか。
 後悔が滲むが、それでも今回勇気を出して話を聞くことが出来て良かったと思った。
「やっと居なくなった」
 イルカの隣りで、せいせいしたとばかりにカカシが背伸びをした。
「しかしよくあいつと話す気になったね」
「…だって…、話を聞かないで失敗したし…」
 カカシに対して、だが。
 それに。
「それに…カカシさんが、居てくれたから」
「!」
 カカシが過去を知っても嫌わないでいてくれて。そして背中の傷を消してくれたから。
 だから、カジと向き合うことが出来た。
 言わないが、勝手に頬が熱くなる。
「…管理人さん」
 カカシがその熱い頬に手を伸ばして触れた。
 ドキドキと鼓動が高まっていく。

 カカシだって期待に胸が膨らんでいた。
 カジとのケリがつくまでは、イルカとは特に何の進展も無かった。 土管での続きをと何度も思ってはいたものの、気を張っていたイルカをどうこうしようとも出来ず、 今日を終えるのを待っていたのだ。
 あんなことを許したのだ。邪魔が入ってなかったら、最後までいっていた。 きっとイルカは自分を好いているに違いない。
 そう。
 もう受験を終えるまで待たなくてもいい。
 今すぐにだって、抱き締めたい。しかし流石にここではマズイだろう。 イルカが怒るのは目に見えている。
「あの…」
「中入ろ」
 言いかけたイルカを遮る形になってしまったが、カカシはそう促した。早く部屋に戻って、 二人きりになりたいのだ。
「…あ、はい」
 一方イルカは、出鼻を挫かれたような気持ちだった。
 折角プレゼントが戻ってきたというのに。これを渡して、告白をしようと思ったのに。
 しかし確かにこんな場所で、というのは無かったのかもしれない。
 二人は木の葉荘の中に入った。
 すると。

「イルカッ無事かッ!?」
「あいつ帰ったのか!? ちゃんとボコっときました? カカシさん!」

 青葉とライドウが玄関に入るなり、猛然と二人に迫った。その後ろには、アスマとゲンマも居る。
「…え、と…?」
 たじろぐイルカに、うんざりとして溜息を吐くカカシ。
「もう二度と来ないよアイツは。さ、早く部屋行こ、管理人さん」
 カカシがぐいっとイルカの腕を引く。
 これ以上邪魔されたらたまらない。限界ギリギリなのだ。
 しかしそこで、インターホンが鳴った。
「…あ、はいっ」
 イルカが玄関の戸をすぐに開く。
 先週の月曜に騒動があってからは、イルカは元通り、外に出れるようになった。 勿論高校にも通学している。
 玄関を開いた先、子供が一人立っていた。インターホンを鳴らしたであろう子供は、 綺麗な顔立ちをしていた。
「…あの?」
 一体何だろうと思うイルカの背後。

「―― サスケ…」

 カカシがそう名を呼んだ。
「え?」
 カカシの知り合いかと、イルカは振り返った。どうやらそうらしいく、 カカシは少年を見つめて少し驚いているようだった。

「…よお。久しぶりだな兄貴」

 サスケという名の少年は、無愛想な表情でそう言った。




ひとつ屋根の下2 第31話「誰誘おう」





「…兄貴って…」
 ざわりと木の葉荘の住人達に動揺が走る。
 まさかこのカカシに兄弟が居たなんて、誰も知らない話だ。
 それはイルカだって同じだった。初耳だ。
「弟さん…ですか?」
「ん? ま、半分血が繋がってるらしいよ」
「…そういう言い方は無いでしょう」
 平然として答えるが、その弟の前でこの言い様はどうだろうか。 イルカは面白くない気持ちになった。だが本音を言えば、 知らなかったからということが大半を占めている。
(半分ってことは…お母さん違いってことか)
 つい、マジマジと見つめてしまう。それはイルカだけではなく、カカシを除く皆がそうだ。
 カカシとはまるで雰囲気が違う。真っ黒な髪と瞳は、両親共に日本人だろうから本物なのだろう。 美形というだけは同じだが、顔立ちは全然違う。目がくりくりとして大きいけれども、 大人びた印象だ。多分歳の項は、十二、三歳ぐらいだろうか。
「別に構わない。そういうヤツだって分かってるし、オレもそう思ってる」
 サスケはどこか冷めたような口をきく。
「で、何? お前が訪ねてくるなんて驚きなんだけど」
「か、カカシさん…」
 そういう言い方は、とまた咎めようとしたが、サスケは意に介した様子も無く答えた。
「別に。…この辺りに用事があって来たついでだ」
「ああそう」
「…カカシさん、上がってもらったらどうでしょうか」
 カカシの無愛想さに、イルカはつい口を挟んだ。
 いかにも複雑そうだし二人の関係があまり良好ではないのだろうが、 折角訪ねてきてくれた弟に対してこれはどうなのだろうか。
「ああ、上がってく?」
「いやいい。少し話があっただけだ」
 無愛想さは、サスケもカカシといい勝負で、案外似た者兄弟なのかもしれない。
 二人のことが気にならないでもないが、あまり傍で立ち聞きするのも気が咎めて、 イルカ達は玄関口から去っていった。
「しっかし驚きだな、弟なんて。聞いたこと無かったぜ。お前は知ってた?」
 ライドウがイルカに話を振った。
「…いいえ」
 イルカは憮然として答えた。
「そっか。ま、まぁなんか仲良く無さそうだしな」
 イルカの様子に、また余計なことを言ってしまったと失敗に気付いたライドウは、 誤魔化すように笑った。
「オレも知らなかったぜ」
 そこで、一番古い付き合いのアスマが言った。
 アスマまで知らないとは。誰も知らなかったのではないだろうか。
「…隠してたとか? もしくは嫌ってるとか」
「いや、それにしてはあいつ平然としてたし、嫌な顔もしてなかったしな。 ただ単に話題に出す気にならなかっただけじゃねぇかな」
 アスマの弁に、イルカ達はなんとなく納得した。
 あのカカシのことだから、確かにそれっぽいと思える。 少なくとも父親のようにわだかまりも無さそうだ。
 各自が部屋に戻り、イルカも部屋に戻った。
 畳の上に座り、ビニールバックの中からカカシのプレゼントを取り出す。
「良かった…ホント」
 口元が緩む。これで全てが上手くいくような気がした。
 カジのことも無事解決したことだし。後は受験があるが、 このまま受験が終わるまでなんて待てない。そんなことしたら、 カカシが誰かのところに行ってしまうかもしれない。
 マキという女のことが、未解決だ。
 カカシが自分のことを嫌いになったというのが嘘だったから、 寝たなんてこともきっと嘘だろうと思ってはいる。
 だが、どうして彼女の家に行っていたのだろうか。
 そう気になりはしたが、問う機会が無かったし、カジのことが落着するまではとも思っていた。
 しかしこうして告白するきっかけになるものも戻ってきたことだし、その時に全部話せばいい。 そしてカカシの気持ちを聞けばいい。
 きっと大丈夫だ。だって…
「うわあっ」
 土管の中でのことを思い出して、イルカは真っ赤になって畳の上を転がった。




「…で、話って?」
 カカシは後ろ頭をガシガシと掻いた。
 思えばサスケから自分を訪ねてくるなんて、初めてのことで戸惑うような気持ちもある。
 カカシは本家も一族そのものも嫌っているが、サスケのことは嫌いではない。 サスケに対する気持ちは、正直複雑だ。
 サスケはあの父親と、親が決めた相手との子供だ。
 晩婚だったわけでもなく、サスケの上にもう一人居る。つまりカカシは三人兄弟で、 戸籍に入っていないから正式ではないが、長男だ。カカシとサスケの間になる次男は、 現在行方不明。数年前に家出をしたが、体面を気にする一族は公表としては外国に留学中ということにしてある。
このサスケの歳は十二歳。もうすぐ中学生だ。
 カカシは本家から嫌厭され、一応末家の養子となっているが、 エノキの実子であることは一族内で知っている者も少なくはない。
 サスケも当然知っている。腹違いのこの兄を特に好きというわけでも嫌いというわけでもない。 おそらくサスケも複雑な心境を抱えているのだろう。母親がカカシを特に疎ましく思っている為、 あまり顔を合わす機会も無ければサスケとしては話し掛け辛いものもあった。
 それがわざわざ訪ねてきた理由はというと。

「…今度のパーティだけど、アンタ来るよな?」

 唐突に切り出された内容に、最初呆けたカカシはやがて何のことか合点がいった。
「…ああ。あれね。…しょーがないでしょ」
 畠財閥の、一年に一度の恒例行事の一つとして、クリスマスパーティが開催される。
 一族は勿論、財界人や著名人、政界からも多数の出席のあるこのパーティは、 カカシやサスケなどにとってはつまらないことこの上ない。だが、 一族に名を連ねる者としては欠席は許されないのだ。カカシも末家とはいえ、 一応在籍しているので出なければならない。
「誰か招待したか?」
「は?」
 きょとんとしたカカシに、サスケはいささかムスッとした。
「二人分の招待状貰っただろ? 友達、誰か招待しねぇのかよ」
「二人分って? そーいやオレ見てない」
 ボリボリと頭を掻くカカシに、サスケはショックを受けたようだ。
「そんな…だって父さんが、カカシも誰か呼ぶって言ったのに…」
「あいつが?」
 途端にカカシの眉が寄る。
「おい、アンタも誰か招待してこいよ。いいな」
「…なんなの急に」
 パーティなどどうでもいいと思っているのに、どうして誰かを連れてまで行かねばならない。
「でないとオレだけ浮くだろ?」
「お前、友達誘ったの」
 自分も大概だが、このサスケも友人と呼べる存在が居たなんて驚きだった。
「…たまたま、だ。来たそうにしてたからな」
 サスケは照れ臭そうにそっぽを向いて、しかし何処か嬉しそうだった。
 しかし、浮くもなにも、あれだけ大勢の人が居るというのにそういうのは無いんじゃないだろうか。 そう思うカカシは、自分だけというのが気恥ずかしいという心理は分からない。
 だが、そこでふと。
 イルカを誘うのはどうだろうと思った。
「……」
 つまらないパーティが、楽しいものになるかもしれない。
 あんなクソ一族にイルカを見せるのは気が進まなくはあるが。なんだか名案のように思えてきた。
 そう、それにパーティを途中で抜け出して、二人きりで過ごせばいい。そういえばこれはクリスマスイブだ。 去年までは大して興味の無いものだったが、 今年イルカを放っておいて他のヤツと過ごされるのも嫌だ。
「…分かったよ。連れて行くよ」
「絶対だぞ?」
 念を押すように言うと、サスケはさっさと帰っていった。
 やれやれ、と思いながらも、カカシはいざイルカのもとへ行こうと中へ入っていった。


 封筒の中には、確かに招待状が二つあった。
 無造作にズボンのポケットに入れていた為に少し皺くちゃになっていたので、手でプレスしてみる。 全く、そういうことならそうと言えというのだ。
 カカシは招待状を片手に、イルカの部屋に向かった。




「管理人さん?」
 前みたいに寝てないでくれよと念じながら戸を叩くと、ほどなくしてイルカが開けてくれた。
「カカシさん。どうぞ」
 気のせいか、イルカの頬がほんのり赤いように見えた。
 カカシは座布団の上に座るように促されたが、「ちょっと待って」と言ってイルカの腕を掴んだ。
「…え」
「あのさ、これ」
 カカシは手にしていた招待状を、イルカに手渡した。
 イルカは何だろうと、その招待状を開けて見た。
「…クリスマスパーティ…ですか?」
「そう。ね、一緒に行こう」
「え…ええっ? だってこれ…畠財閥のって…そんな」
「…嫌?」
 困惑したイルカに問うと、イルカは首を振った。だが、表情は困り顔のままだ。
「だって…そんな凄いパーティなんて、オレ場違いっていうか…」
「そんなことないよ。別に飯食って酒飲むぐらいだし。服もどうにかするし。ね、行こう管理人さん」
 イルカはカカシを見つめ、やがて頷きそうな雰囲気を見せたのに―― 再び招待状に視線を落として、 何かに気付いた顔をした。
「あ…、これ、二十四日って…オレ、ダメです。先約があるんです」
「…え?」
 ピクリ。カカシの顔が引きつる。
 クリスマスイブに先約とは何事だ。
「誰と?」
 声が低く尖るのはどうしようもない。
 そう問うと、イルカは言い辛そうに口にした。
「…ナルトの家で…クリスマスパーティをするんです」
「……ナルト…」
 まさかあの子供に取られるとは思ってもいなかった。
 そして、ハッと気付く。
「ナルトの家ってことは…あのカブトも居るんじゃないの?」
 ますますカカシの声が尖っていく。顔だって不機嫌に歪んでいる。

 そんなカカシを前に、イルカは当惑する一方だった。
 怒っているというのは分かるのだが、それだってどうだろうと思う。 何かにつけてカカシがカブトを疎むのも、イルカには厭なことだった。 それに先に約束しているわけだし、例えカカシといえども後からの約束の方を取るわけにもいかなかった。 ナルトだって、あんなに楽しみにしていたのだ。
(…カカシさんも一緒にって…思ってたのに)
 カカシの方も予定があって、残念な気持ちだ。これはきっと、 エノキが言っていたヤツなのだろう。カカシが誘うと言われたのに音沙汰無しで気になってはいたのだが、 カジのこととかでも色々と頭の中がぐるぐるしていたので忘れていた。
 なにもかも上手くいくと思った途端にこれだ。なんだか上手くいかない。
「そりゃ、カブトもあの家に住んでるんですから」
「ほらやっぱり。大体ね…あの家に行く時は、オレも一緒でないとダメだって言ったでしょ?」
 言ったけど了承などしてないと、イルカだって段々この物言いに腹が立ってくる。
「別にオレが誰とどうしようが、オレの勝手です。カカシさんの許可なんてどうして取らなきゃいけないんですか」
 だからつい、そう言ってしまった。
 するとカカシは、少し驚いたような顔をした。
「…あ、そ。じゃあ勝手にすれば。オレは何があったって知らないから」
「……、」
 カカシの冷たい言葉に、イルカは何かを言おうとして、結局口ごもった。 先に拒絶をしたのは自分の方だ。
 それでもそんな風に言われると、辛くて悲しい。胸だって痛んだ。
「…まいったな。誰誘おう」
 カカシが溜息を吐きがてら、ぼそっと呟いた。
「…え…、他に、誰か?」
 聞き捨てならないその言葉に、イルカはつい咄嗟に口をついて出てしまった。
「断っといてそんな顔しないでくれる? しょーがないでしょ、アンタがダメなんだから」
「……」
 そんな顔ってどんな顔なのか、鏡を見てないから分からないが、 きっと縋るような顔をしていたに違いない。恥ずかしくてイルカは顔を背けた。
 だってそんな。他の誰かを誘うなんてやめて欲しい。クリスマスイブに。
 そうは思っても、イルカだって先約を入れていた身だし、更には恋人でもなんでもない。 カカシに言った通り、自分だってカカシがすることに口出す権利は無いのだ。
(…全然上手くなんていかない…)
 プレゼントをカカシの手からもう一度渡してもらって、そして告白しようと思っていたのにこの空気では、 そんなこと出来なくなってしまった。
 気詰まりな空気の中、二人共それ以上何も言うことが出来ないまま、突っ立っている。どうしよう、 と気ばかりが焦るだけで、この空気を破る策が見つからない。
 そんな時だった。

 …プルルル…プルルル…

 カカシのズボンのポケットから、携帯の着信音が鳴った。
「あれ?」
 カカシはポケットから携帯を取り出し、電話をとった。
 イルカにはその光景が受け入れ難くて、瞳を震わせた。
 それは、その携帯は。
 自分しか番号を知らなかったはずだ。
 カカシがそう言ったのだ、他の誰にも教えていないと。だから誰にも言わないでくれと。
 それなのに。

「…マキ?」

 カカシが呼ぶその名前に、イルカの心臓がドクンと跳ねた。
 もしかしたら…と思っていた、電話の相手。
「……」
 ざわざわと、嫌な胸騒ぎがする。
「一体何…え? 分かった、すぐ行く」
「…え…?」
 カカシは急に真顔になって電話を切り、イルカを振り返りもせずに部屋を出て行った。
「…嘘」
 すぐ行くって。

(あの女の人の所へ…?)

「…っ、カカシさん…っ」
 イルカは弾かれたように部屋を飛び出し、廊下を走って玄関へと向かう。
 だが、イルカが見たのは玄関から出ていくカカシの後姿だった。



(07.10.27up)