ひとつ屋根の下2

第35話「大事な用なんだよ!」





 イルカは終業式を終えると、カカシと一緒に勉強をした。そうして晩頃にカカシが用意をする為、お開きとなった。
 今夜は皆が出払う。多分、一番早く帰ってくるのは自分だろうとイルカは思った。
 ナルトの家でのホームパーティは、夜七時から。
 カカシの財閥のパーティも、同じく夜七時からだ。場所は木の葉グランドホテルという、超一流のホテルだ。木の葉荘からタクシーで二十分程度の距離に在る。 終了時間は夜十時で、イルカは九時頃だろうと思っているから自分の方が早い。しかしカカシが帰ってからは、二人きりで少しだけでも過ごすことが出来る。
 カカシはごねたが、本当は自分だって一緒に過ごしたかったのだ。だけどしょうがない、ナルトはあんなに楽しみにしていたし、恋人ができたからと断るわけにはいかなかった。
 ケーキはバッチリ作ってある。
 ナルトの家に持って行く分、そして明日木の葉荘の皆で食べる分。更には―― 今夜カカシと食べる分まである。ケーキ三昧だが、たまにはいいだろう。
 イルカはあまり甘いものが好きというわけではなく、紅も甘くないのがいいといったので、洋酒とドライフルーツを使ったパウンドケーキを四等分に切り分けた。 紅はホールではなくショートを二つがご所望だったのだ。
(紅さんも…やっぱ恋人と過ごすんだろうな。あんな綺麗な人だから居て当然だよな。どんな人だろう)
 ケーキ作りをしていた時の紅は、普段と違って恋する女のようで可愛いと思った。
 そんなことを回想していると、部屋の戸をノックする音がした。
「はい…わっ」
 開ければ、そこにはフォーマルスーツに身を包んだカカシが居た。
 髪型だって普段と違って、目に掛かるぐらいの前髪を右目辺りの部分を分けて横に流し、スプレーで固めているようだ。更には眼鏡までしている。 美形で賢そうで、いかにも優秀そうな男になっていた。
「……」
 声を失い、思わず惚れ惚れと見つめてしまう。
「管理人さん、オレもう行くから」
「…え、もう…?」
 まだ時間は六時になったばかり。
「迎えが来たんでね」
「そうなんですか…」
 確かに、大財閥の息子なのだから迎えぐらいあるだろう。
 カカシはじっとイルカを見つめた。
「…管理人さん、何度も言うけど、何かあったら絶対電話してきてよね」
「分かってますよ」
 何度も何度も聞かされた言葉。ナルトの家のホームパーティに行くぐらいで、そんなに心配しなくてもいいのに。そりゃ、最近は治安が悪いけど。
「…カカシさんこそ…その、素敵な人に誘われてもついていっちゃダメですよ」
「心配?」
 カカシは嬉しそうに訊いてくる。面白くなかったが、「そりゃまぁ…」とぼそっと言えば、カカシは抱きついてきた。
「もう、カカシさんったら、お迎えが来てるんでしょうっ」
「だってそんな可愛いこと言うから…」
 カカシは眼鏡をさっと外すと、ちゅっとキスをした。そしてまた、さっと眼鏡を掛ける。
「…じゃ、また後で」
 赤い顔のイルカを満足そうに眺めると、カカシはさっさと踵を返して部屋を出て行った。
「……もう…」
 残されたイルカは、唇に手を当てて非難がましい声を出したが、それでもやがてその口元を緩めた。
 帰ってきたら、そしたら。
 二人きりで過ごす甘い時間を思って、イルカは自分の仕度を始めた。



ひとつ屋根の下2 第35話「大事な用なんだよ!」





 夕方、六時五十分。
 イルカはナルトの家の前まで到着した。
 夕方と言っても、すっかり暗い。もう星だって月だって出て、夜と言ってもおかしくない。
 ホームパーティなのだから、カカシのように正装ではなくトレーナーにジーパン、そしていつもの黒のジャケットだ。ただ、いつもと違うのは、 マフラーをしていることか。
 カカシからプレゼントされたマフラーは、とても暖かい。なんだか勿体無くて使えずにいたが、それもまた勿体無いとも思い直して今日から使うことにした。
 カカシときたら、このブランドが好きだと以前言ったからって。なんて、覚えてくれているのが嬉しくってこそばゆい。
 カカシと一緒にあのパーティは、残念ながら自分には無理そうだ。とてもじゃないがあんな風に正装なんて似合わないだろうし、 テレビで見た上流階級のパーティなんてテーブルマナーもろくに知らない自分ではいい恥を掻く出来事が起こりそうだ。だからこれで良かったのかもしれない。
 少し早めに到着したが、十分ぐらいはいいだろう。
 イルカがインターホンを押すと、中からカブトが出てきてくれた。
「こんばんは、イルカ先生」
「こんばんはカブト。今日はお邪魔するけどよろしく」
「邪魔だなんて…楽しみにしてたんですから」
 にっこりと笑うカブトに促され、イルカは家の中に入った。
 中はシーンと静かで、いつもと違うように思えた。それもそのはず、イルカが来ると飛んでくる子供の姿が今日は見えない。
「ナルトは?」
「ああ…ナルトは今、おつかいに行ってくれてますよ。お菓子を買い忘れてまして」
「そんな、別にいいのに。ほら、ケーキも作ってきたし」
 廊下を歩きながら、イルカはカブトに持ってきた手作りケーキを差し出した。
「うわ、凄い。イルカ先生本当に作ってくれたんですね」
「そりゃ、約束したし。ナルトが好きな苺のケーキだぞ」
 笑うイルカに、カブトも笑顔を向けた。
「…そりゃあ喜びますよ、きっと。後でゆっくり頂くとしましょう」
「あ、美味いかどうかは分かんないけどな」
 イルカは照れて、頬を掻いた。
「いいえ…イルカ先生美味しそうですよ」
「まだ見てもいないくせに」
 あはは、とお世辞と思って笑うイルカに、カブトは含み笑いをした。




 カカシはホテルの広いパーティホールの片隅で、既に辟易とした表情で壁に背中を預けた。
 ホールの中は、たくさんの人で賑わっている。まだ開始時間でもないのに、早速取り入ろうとする輩があちこちで会話を繰り広げていた。
「…あれが…」
 ぼそりと遠くに、人が囁きあう声が聞こえてカカシは一瞥を加えた。しかしそれもすぐに興味を無くして逸らされる。
 カカシを見つめ、囁く大人達など毎年恒例のことだ。早々に退席したい所だが、そうはいかない。
 こんな所になど居るよりも、早くイルカに会いたいと思う。
 全く下らない駆け引きや、薄汚れた笑い声など、うんざりだ。
 早く、イルカの真っ直ぐな黒い瞳を見つめたい。イルカの笑顔が見たい。
 そんな風に想いを馳せながら、カカシはボーイから勧められてシャンペンを手に取った。
 それを一口含んだ時に、視界にサスケが映った。
 不味いなと思い、何処かに隠れようかとも思う。
 友人を連れては来なかったから、バツが悪い。
 それとも見つかったら、友人は丁度席を外しているとでもしらばっくれようか。
 思案に眉を寄せていたカカシは、サスケの隣りに並ぶ少年を目にすると、大きく見開いた。
 まさか。どうしてこんな所に。
 そう思いながらカカシは身体が既に動いていて、サスケの隣りにいるナルトの腕を取った。
「…おわっ!? って、ええっイルカ先生の友達だってばよ!」
 いきなり腕を掴まれたナルトは驚きの声を上げ、更にはそれが知人であることにも驚いた。
「兄貴…、なんだお前ら知り合いだったのか?」
 ナルトが大声を上げたことで、周囲の目を引いたがカカシはそれどころではなかった。
「お前、何でここに居んの…? 家でクリスマスパーティじゃなかったのか?」
 心臓が、嫌な音を立てている。
 どういうことだと問いながらも、カカシはその答えにこの時点で気付いていた。
「え…? イルカ先生から聞いてたの? パーティは明日に延期してもらったってばよ」
「誰に聞いた?」
「なんだってばよ一体? カブトの兄ちゃんがそうイルカ先生に連絡取ってくれたってばよ」

 やはり…!

 カブトの仕業だと確信したカカシは、すぐにナルトの家に向かおうとした。
 イルカが危ない。
 カカシは、あれほど警戒していたのに何故行かせたのかと、悔いた。
(無事でいてくれ…!)
 しかしそこで、注目を集めたことによってカカシに声を掛けてくる者が居た。裏ではカカシが本家の長男であると知られている。 もしかすると台頭してくるのではないかと思う者も案外多いのだ。
「おお、カカシ君じゃないか。久しぶりだね、元気に…」
「すみません、急用が出来たので失礼します」
 だが構っている暇は無いとばかりに、カカシは頭を下げるとパーティ会場の中を走り抜けていった。
 ホールを出て、携帯を取り出す。
 イルカの番号を表示させると、電話を掛けた。なのに、何度コールした所で出ないではないか。
「……管理人さん、何やってんの」
 焦る気持ちが増してくる。
 しかも、コール音がぷつりと切れて、もう一度掛けなおすと、今度は全く掛からず電源を切って云々とアナウンスが流れる。
 カカシはホテルを出てすぐに、タクシーを拾おうとした。しかし今の時間の関係なのか、タクシーが見当たらない。
「カカシ様っ、どちらに行かれるのですか!?」
 そこで、本家の使用人で今回カカシの付き人に当たっていた者が引き止めた。
「急用なの。悪いけど急いでるから」
「急用って…もうパーティは始まりますよ?」
「大事な用なんだよ!」
 思わず声を荒げたカカシに、付き人の男は驚いた。
 カカシは振り切ろうとしたが、しかしまたその付き人は引き止めた。
「待ってください。車なら私の用意した車があります。すぐそこに停めてありますから」
 こちらへ、と逆に付き人はカカシを促した。
 カカシは一先ず助かったとばかりに、その付き人に付いて走った。



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