黒き焔
とうとう、カカシが脱走する日がきた。
真夜中に抜け出すという。
イルカは、朝から元気に振舞った。
そして食事に、少しでも栄養のあるものをと、森に入っては果物などを取ってきた。
カカシは変わらない態度で、イルカに接した。明日も同じ日が続くように錯覚してしまうほどに。
そうして、最後の食事になった。
「…こんばんは、カカシさん。ご飯ですよ」
言えば、カカシは柵まで寄ってきて、イルカの持ってきた食事を受け取った。
「いつもありがとう」
カカシが礼を述べるなど、初めてのことで、イルカは目を見開いた。しかしすぐさま俯き、「いえ」と返す。
そして笑った。
「カカシさんも、お礼が言えるように成長したんですね。いいことです」
「言うねぇ。ま、それもアンタの教育のお陰かな?」
暢気な口調でカカシが言った。
「それももう終わりですね」
笑って言った言葉に、ハッとした。こんなことは、口にするつもりはなかったのに。
けれどもカカシは暢気なまま、「そうですね」といって返した。
ああ、これで本当に最後なのだ。
少し空虚な気持ちでそう思った。
食事を始めるカカシの傍で、食べ物を口に運ぶその様を眺めながら、あの唇に触れてみたかったと思った。
「ご馳走様」
「はい」
食べ終わった食器を提げ、イルカは立ち上がった。
カカシも立ち上がる。
同じ目線で見つめ合い、イルカは思わず瞳を震わせた。駄目だ、と思いすぐさまそれを逸らし、「失礼します」と告げて踵を返そうとすると、カカシが声をかけた。
「…今夜は、絶対出歩かないで」
ピタリ、とイルカの足が止まる。ゆっくりと、カカシを振り返った。
「鶏の鳴き声と共に俺はここを出る。どんな騒ぎになっても、自分の部屋でじっとしていて。…でないと、危ないから」
これが最後の命令なのか。そんな風に思いながら、イルカは「はい」と返事をした。
自分には、もう何もすることがないのだ。ただ、邪魔にならぬよう部屋に閉じこもるしかない。
振り返って唇を噛み、イルカは足早に石牢を出た。
(04.08.20up)