黒き焔
深夜になり、辺りは闇に覆われた。雲がはびこっているせいで、月や星も隠れている。
イルカは、奴隷達に割り振られてある部屋で、毛布を被って寝転んでいた。奴隷は雑魚寝なのだが、イルカはカカシのお陰で、一人小さいながらも個室を与えられていた。
寝転びながらも、イルカは少しも眠気が襲ってこなかった。
ぱっちりと目を開き、意識は冴え渡っている。
外は依然として真っ暗だが、もうすぐ一番鳥が鳴く頃だと思った。
――それを合図に、カカシは出ていく。
「……」
何とも言えない心境で、イルカはそれをじっと待った。
すると、鶏の鳴き声が響いた。
思わずイルカは身を起こし、柵の掛けられた窓から外を見た。
明けきらぬ空に、鶏は鳴く。
カカシが出ていく。
もっと他に、掛けるべき言葉があったはずなのに、何も言えなかった。イルカの胸は痛み、やがて空から雨が降ってきた。
駄目だ、と思いながらも、胸の痛みは引かず、悲しい気持ちはより深まった。こんな雨では、カカシが濡れてしまうと思うのに。
――カカシに好きと、告げたかった。
イルカは涙を一筋零し、空は共鳴したかのように、土砂降りになった。激しい雨は、土を叩くように降った。その雨は、窓からイルカの部屋の中にも入ってきた。けれどもそこから離れることなく、イルカは外を見ていた。
暫くそうやって、窓から外を見ていると、そこに人影が近づいてきた。雨のせいで外は暗いし、見にくい。けれども人だ、とイルカは認識した。それが段々、自分の方へ近づいているようだった。
じっとそれを見つめていたイルカは、段々その瞳を大きく開いた。
「…カカシさん…」
それはカカシだった。真っ暗な中でも分かった。カカシの隣に、あと二人、共に居た。男で、紅ではないようだった。
カカシは濡れそぼりながらも、笑みを浮かべて告げた。
「イルカ、迎えに来た」
「え…」
呆然としたままのイルカを置き、カカシはゆっくりと左目に手を翳した。すると、その左目の赤が黒い模様を浮かべて、まるで生き物のように回りだした。初めて目にする現象に驚き、イルカは見開いたままの目でカカシを凝視した。
すると、カカシの右手に、稲光りが走り出し、パチパチと音を立てた。蒼い炎が、カカシの手に宿る。
その炎が、イルカの窓に掛けられた柵を切った。
「…!」
「さ、おいで」
炎を収めた手を広げ、カカシがイルカをいざなう。
イルカは戸惑ったまま、事態が飲み込めずにいた。
「ど、どうして…」
「言ったでしょ、アンタは俺のものだって」
「……っ」
「たとえ嫌がっても、俺はアンタを連れて行く」
「だ、だって…っ、そんなこと言わなかったじゃないですかっ」
「あー…、それはね、作戦」
作戦といわれ、イルカはきょとんとなった。
「雨降ってもらわなきゃ、困ったから」
何でもないようにカカシは言ったが、言われた内容を噛み含めると、イルカは驚愕した。
「え…、ええっ、どうして…っ!?」
カカシは、イルカが天候を操ることを知っていたのだ。
「分かるよ。牢の中といえど、滝もあるから雨量も分かる。風だって入ってくる。アンタが悲しい顔をすると、途端に水かさが増えるし、困っていると風が強くなる。笑っていると、外の天気のよさといったら」
「……」
イルカは、ぽかんとして口を開けた。
こんなこと、そうだと言っても中々信じてもらえるようなことではないのに。
けれども、同じように特異な力を見せたカカシなら、認めることが出来たのかもしれない。
「…さ、早く。時間が無い」
カカシが急かすと、イルカは行こうとして、けれどもまだ躊躇った。足元を見る。
「…カカシさん…でも俺には、これが…」
「そんなもの、俺が切る」
力強い声に、イルカは吹っ切れて、思いのまま腕を伸ばした。その腕を掴み、カカシが引っ張り出した。
ぎゅっと、強く抱き締めあう。何も憚ることなく。
「…やっとだ…やっと、アンタを…」
「…カカシさん…」
イルカはポロリと涙を零し、カカシにしがみ付いた。
「…あのー、いいところ申し訳ないんですが、やばいんですけど」
カカシと共に来ていた男の一人が言った。口にくわえた長い楊枝を、ブラブラと動かす。
我に返ったイルカは、慌ててカカシから離れた。
それを恨めしそうに見たカカシは、仕方ないと息を吐き、しゃがみこんだ。イルカの足首にある枷に手を掛ける。
再びカカシの手が、蒼光る。
「…じっとしてて」
言われて、イルカはごくりと唾を飲んだ。
カカシの手が、ゆっくりと枷を切りつけ、それがカランと音を立てて地に落ちた。
「……ああ…」
イルカはずっと自分を支配していた枷から、解き放たれた。
自由になったイルカを連れ、カカシ達は雨が上がった空の下駆けた。あれほど降っていた雨が、カラリと上がる様を見て、付いていた男二人は感嘆した。
「本当だ…すげえ」
「ま、もう大丈夫だよね、晴れても」
一族の敷地内を抜け出すまで、あとほんの五メートル。
ここからなら、見つかっても捕まる恐れは無い。
イルカはカカシの隣で駆けながら、少し面白く無い気分で愚痴た。
「…それにしても、えらい自信ですよね。ああすれば、俺が悲しむと思ったなんて…」
その通りだったから、恥ずかしいことこの上ないのだが。その自信は一体何処からくるというのか。
カカシはイルカに向け、笑んだ。
「自信はあったけど。降った時は、今すぐアンタを抱き締めたい気持ちでいっぱいだったよ。でも雨が降らなかったら、もれなく拉致監禁してた。俺のこと好きになるまで出さないってね」
「…!」
何てことをあっさり言うのだろうか。しかしそれでは、どちらにしろこうして連れて行ったということか。
イルカは、緩む頬を抑えることに必死だった。
何てこと。そんなことが、こんなに嬉しいなんて。
二番鳥が、朝が来たと鳴く。
新しい朝だ。
昇る太陽に向って、四人は駆けていった。
(04.08.21up)
すみません…(土下座)もう笑って下さい。万葉って何だろう…。でも卑弥呼=大蛇丸っていいですよねぇ?(ええっ)