猫の気持ち、君の気持ち
12.挫けそうな気持ち
笑いが収まると、オレはようやく腕の中に閉じ込めたままだった忍猫を解放した。
「ごめんごめん、苦しかった?」
ある程度加減はしたつもりだが、それでもこの小さき生き物にはどうだったかわからない。感情の高ぶるまま抱きしめられる存在があったのは有りがたかったが、忍猫には災難かもしれなかった。
そう思ったんだけど。
「いいえ。……幸せでした」
忍猫は恍惚とした様子でそう言った。オレはずるっとコケそうな気持ちになったけど「……ああ、そう」と答えた。それが精一杯だ。
それにしたってこの猫。どうしてこんなにオレのこと、好きなのかな。
全然優しくないオレに、それでも必死についてきて、下僕にしてほしいって言って。いくら助けたからってさ。
「…………」
オレは忍猫を撫でた。
すごい猫だと思った。
オレがこれまでカッコ悪いと軽蔑に似た気持ちでいた行為を、やってのけたのだ。
今はカッコ悪いとはもう思わない。それどころか、尊敬する気持ちだった。
フラれて、あんな態度まで取られて。
それでも好きなのならば、オレもそうせねばならない。
今までやったことのない行為をして、それで彼が振り向いてくれるかどうかなんて判らなかった。振り向いてくれない確立の方が圧倒的に高いようにも思った。
だが、それでも。
こんなに好きならば、そうする以外に方法は無いわけだ。
オレがこの猫を好きになったように、オレも彼を振り向かせたい。
翌日いつものように任務を受け、そしていつものように任務をこなした。
今回はスリーマンセルの任務だった。ちょっとばかり遠出をするので、猫は家でお留守番をさせた。連れてきたかったけど、里の外を出る時はやっぱり危険が無いとは言い切れないからだ。
「らくしょーっスね」
ちょび髭を顎にたくわえたイワシが笑いながら言った。
「お前ほとんど何もしてねェだろ」
そんなイワシに、あきれた様子でアスマが突っ込みを入れた。
「えっ何言ってるんですか! ほら、オレが二人をきっちりサポートしたからスムーズに進んだんじゃないですか」
「そうだったか?」
「そうでしたよ! ねぇカカシさん」
「ん? ああそう」
「ちょっとォカカシさん! なんスかそれ!」
なるたけ言い合いに参加しなくて済むような言葉を選んだつもりだったのに、イワシが今度はオレに噛みついてきた。何故だ。そしてかなり面倒臭い。
それにしたってオレが参加する任務ってどうしてこう、むさいのかな。むさい男どもを見て、オレはただ溜息をもらした。
「ま、早く帰りましょうよ」
オレの建設的な発言も、採用されることはなかった。イワシは元気に何か吠えているし、アスマは面白そうにニヤニヤしていた。イワシをからかって楽しむのはいいが、オレを巻き込むのはやめて欲しい。
「どうしたカカシ。里に残したかわいこちゃんが気になるのか?」
アスマがニヤニヤとしたまま、今度はオレに矛先を向けてきた。まったくもって、面倒臭い男だ。
オレは返事をするのも億劫で、ただ溜息を吐く。
「えっ、カカシさんそれ何ですか? 恋人ですか?」
アスマが指しているのは猫のことだろう。けれどもイワシは女だと思ったようだ。オレにしつこく「新しい彼女ですか」とか「どんな女なんですか」とか「オレの知ってるひとですか」とか聞いてくる。新しい彼女って何だ。いつオレにそんな女が居たよ。思ったが、取り合わない。
―――今日はイルカ先生いるのかな。
オレはイワシを放置して、ただそれだけ考えた。
多分、いやきっとオレの顔を見ても彼は無表情あるいは嫌な顔しかしないだろうけど。
それでも会いたい。
「あれ、イルカ」
そんなことを思っていると、突然意中のひとの名が耳に入ってきた。
声の主はすぐ近くでぎゃんぎゃんうるさかったイワシで。
その視線の先を辿るのは容易いことだった。
イワシの言葉通り、そこにはイルカ先生が居た。
木ノ葉の里の街中、アカデミーへ向かう途中に。
イルカ先生はオレ達の方を見ていた。だからオレは目が合った。
ほんの一瞬。
イルカ先生の、なんだか厳しそうな視線と絡んだのは一瞬だけで、イルカ先生はすぐにその目を逸らした。
「……よお、イワシ」
ペコリとオレ達に会釈をしたイルカは、名を呼んだイワシに形程度に言葉を返すと、そのまま歩きだしていった。
「お前、イルカ先生と仲いいの?」
オレがイワシに尋ねると、イワシはきょとんとした顔をした。
「え? イルカと? いや仲は別に普通? まぁ、同期だし」
「ふーん」
思わず羨ましさに妬みの目でイワシを見てしまった。
普通に話しかけて、話しかけられちゃえるなんて。オレなんてまたあの厳しい眼だよ。一体なんでそんな嫌われてんの?
はぁ、とオレは溜息を吐いた。
会えたのは嬉しいけど、切なかった。
さっそく挫けちゃいそうだよ。