猫の気持ち、君の気持ち

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  13.なんだってする気持ち  




「よっと」

 その日の帰り道、オレはふとした思いつきから、民家の屋根の上に登った。登って、民家から民家へ渡り歩いていく。
 ひとさまの屋根の上に無断で登るなど、必要時以外はやらないのが忍者のポリシーなんだけど。オレもそうだったんだけど。
 辺りは薄暗くなってきているが、屋根の上に居るオレの姿が見えなくなっているわけではない。オレが周囲を難なく見渡せるように、周囲からもオレの姿を容易に発見することができるわけだ。
 なんでオレがポリシーを曲げて登ったかというと、答えは簡単だ。
 あの日のイルカ先生になってみたかった。
 更に言うと、あの忍猫にもなってみたかった。
 別にイルカ先生が落ちてきたのはこんな低い場所じゃないけど、なんとなく登ってみたくなったのだ。
 オレの腕の中に落ちてきたイルカ先生―――なんていうと、思い出が美化どころではなくただの悲しいひとに成り下がっちゃうけどね。でも今思えば、あれはそういうことだよね。誰か「うん」って頷いてくれないかな。まぁ、その後のイルカ先生の態度は思い出さない方向で。
 しかし本当、どうしてあの時イルカ先生は落ちてきたんだろう。
 その理由は未だにわからないままだった。
 そんなことを考えていた時だ。
「何やってんの? カカシ先生」
 下から声がした。誰の声かすぐわかるし、その前に気配でわかっていた。
「先生はね、今大事な任務をこなしてるの。だから放っておいて」
「へえ」
 非常に冷めた声だった。
 サクラは年々『女』というものになっていく。多分もうすぐ、紅と同じになる。
「……あ、イルカせんせーい!」
 そんなサクラが突然叫んだ名前に、オレはドキッとして足を止めた。ぐらっとその足元が揺れる。
 サクラの少し後方に、イルカ先生がいた。
 今日はなんて日なんだろう。
 カッコ悪いところ見られちゃった。あああもう、サクラの馬鹿。―――いや逃げよう。まだ間に合う。何事も無かったかのようにこの場を素早く去ればいい―――わけはない。きっとバッチリ見られたに違いない。オレがひとさまの家の屋根を無断で踏み歩いているところを。
 しかしポリシーに反するとはいえ、別にやっちゃいけない決まりがあるわけでもなし、このまま走り去れば何かの任務や召集に応じる為登ったと思われ―――るわけもない。イルカ先生は任務受付をやっているから、オレが任務を終えた直後だった知ってるはずだ。いやまて。イルカ先生はそこまでオレの任務状態を知っているわけではないかもしれないじゃないか。だって任務報告の時に受付所に居なかったんだから。―――いやでも。
「よお、サクラ。帰りか?」
「うん。ねぇ見てイルカ先生、カカシ先生ったらねぇ」
 ああああサクラ、オレの考えがまとまらないうちに!―――と、オレは頭を抱えたくなりながら、ふっと、足元のイルカ先生を見た。
 イルカ先生と目が合った。
 その刹那、オレの中を二つの映像が交差した。
 落ちてきたイルカ先生と、落ちてきた忍猫。

 ふと逸らされた視線から、イルカ先生が次に取る行動がさっと予想できた。このまま立ち去って行くつもりだ。
 行かせたくない。行かないで欲しい。もうこんな関係は嫌だ。なんとかイルカ先生に振り向いて欲しい。その為ならなんだってする。そう決意したはずだ。
 ―――そうだ、オレもあの忍猫のようにと。

 頭の中がそれだけで満たされた瞬間、オレの足はオレの意思なのか何の力なのか、そこから飛び降りていた。
「え、カカシ先生!? きゃっ」
 まるで受け身を取ろうとしない姿に、サクラは驚いた声を上げた。そりゃそうだろう。曲がりなりにも忍者、更には上忍が屋根から落っこちるなんて誰が想像する?
 だけどオレのこの考えてないに等しい行為に、イルカ先生は応えてくれた。
 サクラを庇うような姿勢で、そしてオレのことを抱きとめてくれたのだ。
「……っ!」
 イルカ先生に、オレは抱きしめられている。
 イルカ先生の腕に。
 イルカ先生はオレを抱きとめた衝撃によろめいたものの、なんとか踏ん張ろうとして―――でも駄目だったみたい。
「……くっ」
 小さく声を出して、オレに圧し潰されるような格好で地面に倒れ込んだ。
 そしてオレは今、イルカ先生の上に圧し掛かっているわけだ。
「ちょ、ちょっと何やってんのカカシ先生!? イルカ先生大丈夫?」
 倒れた二人にサクラの心配そうな声が響く。
「……退けてください」
 不機嫌そうなイルカ先生の声。
 でもオレは怯まない。
 イルカ先生はオレを抱きとめてくれた。たとえそれがサクラを庇う為だったとしても、それでも。
「イルカ先生」
 オレは両の腕を突っ伏す形で、上半身だけ上げてイルカ先生を見下ろした。

「―――オレをアナタの下僕にしてください」



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