猫の気持ち、君の気持ち
14.頑張る気持ち
左の頬が痛い。
「か、カカシさん!? カカシさん、カカシさんどうしたんですか!?」
ただいま、と項垂れて帰ってきたオレを出迎えた忍猫は、口布では隠しきれないほど腫れた頬を見て驚いている。
忍猫の腕の下に手を入れて持ち上げ、「大丈夫だよ」と告げた。
胸のあたりに抱くと、忍猫は頬を擦り寄せた。
「任務で、ですか?」
「んー、まぁね」
本当の理由なんて話せないから、そういうことにしておいた。忍猫はよじよじと胸の辺りからよじ登り、ざらついた小さな舌でオレの腫れた頬を舐めた。今日ほど、この忍猫に癒された日は無いかもしれないと思いながら、オレはそんな忍猫を連れてベッドに腰を下ろした。
下僕にして下さい。
そう言ったオレを暫く無言で見上げていたイルカ先生は、無言のまま自分に覆いかぶさるオレを押しのけると、次に拳骨でオレの頬を殴った。ぐーだぞ、ぐー。そりゃ痛かったよ。今もジンジン痛んでるよ。オレの胸と共に。
下僕にしてくれって言った瞬間は、イルカ先生すっごい驚いた顔をしていた。……そりゃま、驚くわな。オレだって忍猫に言われた時は驚いたもの。でも殴ったりなんかしなかったよ?
ハァ、と溜息を吐く。
「あーもー、どうすりゃいいの?」
バタンとベッドに倒れこんだ。
「カカシさん?」
忍猫がそんなオレを覗きこんでくる。ああかわいい。本当かわいい。オレは忍猫の顎を撫でてやった。
―――なんでオレ、あのひと好きなんだろう。
何度目かになる自問に、それでもやっぱり好きなままなんだ、と自答する。
すると自嘲しか生まれてこないから、オレは笑った。
「オレ、がんばるよ」
忍猫にそう告げると、意味を理解してない忍猫は、それでも頑張れというように、オレの痛んだ頬に頬を擦り合わせた。
「こんにちは、イルカ先生」
アカデミー校舎内の廊下で、イルカ先生を偶然見つけた……わけではなく、オレはイルカ先生を待ち伏せしていた。今日は任務無し。待機中だが、イルカ先生に会いたくてやってきた。
下僕は下僕らしく跪くべきなんだろうか、なんて下らないことを考えながらも、オレは普通にイルカ先生に挨拶をした。
イルカ先生はそんなオレに冷たい一瞥をくれると、挨拶を返すこともなくそのままさっさと去っていく。
「待ってください、イルカ先生。あ、その荷物持ちましょうか?」
「…………」
「どうぞどうぞ、遠慮なく」
イルカ先生が両腕に抱える書類を渡して欲しいのだが、イルカ先生はずっと無言を貫いてくる。取り付く島も無いとはこのことだろう。でもオレ、がんばるから。
所詮中忍上忍の差、イルカ先生が渡そうとしなくても、オレは難なくイルカ先生の書類をゲットした。
すると、イルカ先生は呆気に取られた顔をして、そしてその顔を怒らせた。わー、怖い。
「…………かえしてください」
声も怖い。怒ってるよ。
だけどここで怯んじゃ駄目だ。
「いやでもほら、オレ、イルカ先生の下僕ですから」
「した覚えはありません」
「なくても、そうなんです」
「………っ」
怒ったイルカ先生は何か言おうとして、でも押し黙った。
困った、罵倒なり何なり反応して欲しい。何も返されないのが一番辛い。
険悪な雰囲気のまま、職員室前でイルカ先生は足を止めた。オレも並んで止める。
「……かえしてください」
「ハイ」
今度は逆らわず、オレはイルカ先生に書類を返した。
イルカ先生はオレから書類を受け取ると、職員室に入り、そしてオレの鼻先でドアを閉めた。
下僕の道、一日にしてならず―――。