猫の気持ち、君の気持ち

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  18.踊るような気持ち  




 サクラに慰められたのかな、なんて思わなくもなかった。
 なのにオレときたら、もうこのまま、永遠にイルカ先生とオレの距離とか関係とかさまざまなことが変わることってないんじゃないかな。―――なーんて、  そんな途方もない気持ちになったりもするアンニュイな午後だったけど。
 結論から言うと、その日からオレとイルカ先生の関係は激変した。
 激変って、なんかすごい言葉使っちゃうけど。


「いーるっか先生!」
 いつものように、オレはアカデミー校舎の出入り口扉前で、イルカ先生が出てくるのを待っていた。
「………」
 イルカ先生はあいも変わらず、愛想もくそもない無表情でオレの前を通り過ぎていく。
「あ、待ってくださいよ〜イルカ先生!」
 そんなイルカ先生を追いかけ、テクテク隣を勝手に歩くのがもう日課。
「イルカ先生、毎日遅いですけど一体何がそんな忙しいんですか?」
「………」
「たまにはそこらで食事なんてどうですか? オレ、お腹すいちゃった」
「………」
 オレが話しかけても無反応という通常運転ぶりだった。
 だけど。
「タンゴ、お前もおなか空いたよなぁ?」
「……タンゴ?」
「!?」
 イルカ先生が、初めて反応してくれた。
 オレはもう嬉しくって、多分尻尾振る勢いってやつで喜んだ。
「ええ、タンゴ。こいつの名前です」
 オレの肩にいつも乗ってる、忍猫のタンゴを指して言った。
「ほら、前にオレがアカデミー行った時、子供たちが歌ってたんですよ。黒猫のタンゴ、って」
「…………」
 そう告げたら。
 イルカ先生はきょとんとした顔でぱちくりと瞬きして(この時の顔、真昼間っていうか明るいところでもっとハッキリ見たいぐらい可愛かった)、そして次にはぷーっと吹き出した。
 オレはもう、いろいろビックリしちゃったよ。
 イルカ先生が笑ってる!
 オレが言ったことで何かよくわかんないけど笑ってる!
 なんかすっごい、心臓が痛いぐらい騒いでるんですけど、どうしたら。
 ドギマギしながらイルカ先生を見つめていると、笑いを収めたイルカ先生は「すみません笑っちゃって」と前置きした。
「でもそれ勘違いですよ。黒猫のタンゴってのは、猫の名前じゃなくてダンスのタンゴのことです。黒猫がタンゴ踊るっていう」
「…………え? え、ええっ!?」
 オレは、イルカ先生の説明を理解して、素っ頓狂な声を上げてしまった。
 何それ!?
 って、恥ずかしい!
 頬がガーッと熱を上げていき、オレはろくなコメントを発することができなかった。
 イルカ先生はそんなオレをじっと見つめていた。戸惑ったような、でも真っ直ぐな。でも今見つめられても全然嬉しくないんですけど。
 何て思ってるんだろう。きっとコイツとんでもない馬鹿だと思われてるに違いない。
 ―――だけど。

「ぼくの恋人は黒い猫」

 突然、タンゴが歌い出した。
「私はこの名前好きです。嬉しいです」
 そして必死な様子でそんなかわいいことを言う。オレは思わず、タンゴをぎゅっと抱きしめた。
「……そうだな。ごめんな、タンゴ。変なこと言って」
「いえ、それはそれ、これはこれで。オレ、歌の意味知らなかったから教えてもらえて良かったです」
 タンゴに言ってるのにオレが言葉取っちゃったって、言った後に気付いちゃった。でもそう言うと、イルカ先生はホッとした顔をした。
「ぼくの恋人は黒い猫、か」
 そしてイルカ先生もそのフレーズを口ずさむ。
「いいなぁ」
 続けてそうポツリと零すので、オレは何故かドキリとした。
 い、いいなぁって、何が?
「……カカシさんは……、本当にタンゴのこと、可愛がってるんですね」
「え? ええ、はい」
 なんかオレ、テンパってる。折角イルカ先生が話しかけてくれてるのに、気のきいたこと言えない。なんだオレ、こんなダサい男だったっけ。
 でもイルカ先生は、ふふ、と小さく笑った。もうオレ、ドキドキしっぱなしだよ。むしろ心拍数上がっていく一方だよ。
「……っと」
 イルカ先生が足を止めて、そして気付く。
 イルカ先生のアパートの前に、いつの間にか着いていた。
 どうして。折角イルカ先生が話をしてくれたのに。折角、こんな。初めて和やかっていうか、いい感じだったのに。
 悔しくなってきて、オレはつい、足元ばっかり見てしまった。
「その、……じゃあ、おやすみなさい」
「!」
 初めてだった。
 こうやって、おわかれの挨拶してもらえたのも。
 ビックリして、顔を上げたものの、イルカ先生に何にも言えなくて、イルカ先生の背中が遠ざかっていくのを見つめて、やっとオレは声を出すことができた。
「……おやすみなさい!」
 みっともない声だと思った。妙に上ずったような。
 だけど、イルカ先生は振り返って、そしてペコリと小さく会釈してくれた。
「……ッ!」
 全然、全くイルカ先生に触れてもいないのに。
 オレは叫びたいぐらい嬉しくて嬉しくてたまらなくなって。
 タンゴを思いっきり抱きしめて、踊るような気分で帰っていった。



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