猫の気持ち、君の気持ち

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  19.どうしていいかわからない気持ち  




 一体どうしたっていうんだろう。
 イルカ先生は。

 疑問は当然湧く。今までが今までだったから、それは当然だと思う。何か納得がいかない感もある。だって理由に見当がつかないのだ。
 それでもイルカ先生は、話しかけたら普通に返してくれるようになった。
 ……多分。これって普通のことなんだと思われる。
 だが今までが違っただけに、違和感は拭えなかった。
 とか思いつつも、オレは―――

「―――あ、カカシさん」
 廊下で偶然バッタリ出会い、オレがイルカ先生に気付いてすぐにイルカ先生も気付いてくれて、しかもこの反応だ。イルカ先生は、 小さく口元に笑みを浮かべてオレの名を呼んだ。繰り返す。笑みを浮かべてオレの名を呼んだのだ。
「こ、こんにちは、イルカ、せんせい」
 ひきつった頬が口布に隠れてて、口布をしていて本当に良かったと思った。
 みっともないが、そりゃぎこちなくなっちゃうよ! 助けてタンゴ!
 でもタンゴはオレの肩に乗ってはいなかった。アカデミー校舎内にいるから。
 テンパっちゃって、何言っていいかわかんない。
「今から任務ですか?」
「え、ええ、はい、そうです、はい」
 任務受付所の方角から歩いているのだから、イルカ先生がそう予測するのは正しかった。
「気を付けて」
「は、はい」
 たったこれだけの言葉を交わすだけで、オレは息切れしそうなほど緊張をしていた。


「タンゴ」
 精神安定剤を呼ぶと、嬉しそうにオレの肩に乗ってくるが、オレはそのタンゴを腕に抱きしめた。ああ、ホッとする。
 緊張するしイルカ先生がどうしてこうなったか意味わかんないけど、違和感あるんだけど、納得いかないんだけど、そんなことを思いつつも―――嬉しい。
 嬉しくって、イルカ先生が話しかけてくれている間は疑問なんてどっかいっちゃって、ついでにオレの脳みそもどっかいっちゃってるらしくて何も考えられなくなってる。
 イルカ先生が普通に話してくれるだけで、こんなに嬉しいとは。
 でもまだ、イルカ先生がオレに向けてくれる笑顔ってキラキラしすぎて目に眩しい。直視できない。
 嫌がられてた時は、あまつさえ下僕などとのたまわり、あんなにしつこく話しかけることができたというのにこのザマは何だ。誰か教えてくれ、オレはどうしたらいいんだ。そしてどうしたいんだ。そりゃあイルカ先生と恋人になりたいけど、あの程度でこのザマじゃあ恋人になったらオレ死ぬんじゃないかな。つまりこれ、死亡フラグ?
「カカシさん?」
 タンゴはオレの様子がおかしいのが気になるらしい。オレはそんなタンゴのつぶらな瞳をじっと見つめた。
「タンゴ、オレが死んだらどうする?」
「え、ええっ!?」
 タンゴは素っ頓狂な声を上げて、胸の中で硬直した。
「……ごめん冗談」
 あんまりな反応だったので悪びれて訂正したら、タンゴは硬直したまま、目からポロポロ涙を零した。
「冗談でも、そんなこと、言わないでくだ、さい……っ」
 タンゴはそう言って、オレにぎゅうっとしがみついてきた。
「ご、ごめん」
 タンゴに悪くて、でもかわいさに胸がきゅーんとなる。
 オレ何やってるんだろう。
 最近こればっか思ってるけど、本当何やってるんだろう。




「枝豆と馬刺しとどて焼きと、お造り盛り合わせとホッケとアワビと茄子の浅漬け。あと生中ね」
「ついさっきビール頼んでたでしょ」
「追加よ追加。すぐに飲んじゃうもの」
「……ああそう」
 好きにしてくれ。
 最初に注文していたビールと冷や酒が運ばれてきて、とりあえず乾杯した。
 向い合せに座る紅は、ビールを一気に呷って半分以上飲み干す。相変わらず美味そうに飲むなぁ、とぼんやり眺めていた。
 この居酒屋はわりと静かで騒がしくなく、カカシは割合気に入っている。その分高いし、この紅の分も持たねばならないが、煩い店でしたい話じゃなかった。
 オトモダチなんて呼べる存在が特にいないオレにとって、相談に乗ってくれそうなんて紅ぐらいのものだった。いや、紅も相談相手にしちゃ厳しいんだけど、 それでもアスマやガイよりはマシだろう。
「あの猫ちゃんは?」
「店に入れられるわけないでしょ。お留守番ですよ」
 そりゃあ連れて来たかったけど。店の前で待たせるのも悪いし。
「あ、そう。ちょっといじりたかったなぁ。……ねぇ、帰りに寄ってもいい?」
「よくない」
 どんな理由にせよ、夜中に紅を家に連れて帰るなどしてみろ、―――アスマに殺される。
 というのも、オレは以前何も考えずに飲みすぎた紅を介抱する為に、家に連れて帰ったのだが、そんな理由などアスマの前には何の風よけにもならなかった。全く、心が狭くて見苦しい男だ。そんなに好きなら付き合えばいいのに、告白ひとつできないなんて、オレ以下な男だ。
「なんだ、つまんない」
 つまんない、と言いつつも、紅は可笑しそうにクスクスと笑っていた。
「お待たせしました、枝豆です」
 店員が先ず運んできた食べ物に、紅はさっそく手を伸ばした。好物らしい。枝豆はオレも好きだから手を伸ばしたら、紅が軽く睨んできた。何故だ。オレの金だろ。
「そんなに言うなら、昼間に来れば? 明日とかオレ非番だし」
 言うと、紅はスッと冷めた目を向けた。
「……カカシってさぁ」
「なに?」
「ほんっとーーーに、馬鹿よね」
「はぁ?」
 なんという言われようだ。意味がわからない。
 そう顔に書いてあったのかどうか、紅はオレの顔を見てやれやれといった調子でふうと溜息を吐いた。
「アンタさぁ、いい加減自分の言動が周囲にどう影響与えるか考えたらどう? 無頓着っても限度があるわ」
「……?」
「女を軽々しく家に誘うんじゃないわよ。誤解したらどうすんの」
「は? 誤解?」
「私に気があるの? とか」
「ないない」
 手振り付きで即答すると、枝豆の殻を指で弾くようにして頬に数弾ぶつけられた。流石くの一上忍、なかなかに痛い。
「アンタに無くてもね! そう取られてもしょうがないっての! わかれ!」
「……は、はい」
 迫力に気圧されて思わず頷いたが、実はまだよくわかってはいなかった。
 猫を見たいというから、夜だとアスマが怒るんで昼にどうって言ったわけじゃないか。それのどこが悪いというのか? 大体誤解って、なんで? オレと紅だよ? ていうか大前提に、オレが紅にその気があるわけないし、その逆も然り。つまり、ありえない。……と思ったんだけど。
 そうじゃないらしい。
「ハァ……アンタってもう……、鈍いとか鈍くないとかじゃないからタチ悪いわ」
 紅は額に手を当て、また深い溜息を吐く。
「私が誤解しなくても、私がアンタん家に行くことでそれを見たひとが誤解するとかね」
「え? なんの?」
「イチイチ言わなきゃいけないって面倒くさ。つまり、『あの二人デキてんの!?』って」
「えー? いやーそれは無いでしょ。大体、紅はアスマが好きなんでしょ?」
「好きじゃないわよあんな熊!」
 紅に猛抗議され、さらには殴られた。痛い。理不尽だ。
 まだ恋人同士になったわけじゃないけど、アスマと紅が互いにそう想い合ってるなんて、オレじゃなくても知ってることだ。
 紅は溜息を吐くことは無かったが、白けた目をしていた。
「……いい? まぁ、よしんば私とアスマが付き合ってたとしてもね? 例えよ例え。例えなんだけど!」
「はぁ」
 どうして例えって力説するんだろう。本当この二人、謎だ。
 両想いってわかってるのに。オレにしたら超羨ましい話なんだけど。オレなんて片想いもいいとこだよ。最近やっと、並程度の扱いされるようになって、 それだけで動揺しちゃうんだぜオレ。……ハイ。みっともないね。
「私とアスマが付き合ってたとしても、カカシがアスマから私を取ったと思う奴だっているわよ」
「………とる?」
「もしくは、私がアンタとアスマの二人を二股かけてるとか」
「………ふたまた」
 衝撃を受けた。オレの中でおおよそ想像もしなかった事例だった。
「アンタはさ、自分のことになるとコレね」
「コレ?」
「周囲の仲間のこととかはよく見てるのに、いざ自分が周囲にどう思われるかとか無頓着なもんだから全然考えない。最初に言った通りそういうこと。以上」
 まだ理解しきれなかったが、こう締めくくった紅がこのことでこれ以上話を続けてくれるとは思えなかった。
 次々に運ばれてくる料理を食べすすめている間、 紅は任務での話など、つまりいつものような会話しかしなかった。
 だが、ある程度食べ終えると、「―――で?」と、それまでとはガラリとトーンを変えてきたから、オレは顔を上げて紅の目を見た。
「なに? 今日のこの奢りは、何か話でもあんじゃないの?」
「! うん、ある」
 雰囲気的に、もうできそうにないと諦めていたオレにとって、紅が眩しく見えた。コクコクと頷くと、紅は小さく笑った。



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