猫の気持ち、君の気持ち
6.恋する気持ち
オレはイチャパラシリーズが好きだ。
でもイチャパラシリーズではない、自来也様の他の小説を読んだことがあって、当然イチャパラのように楽しめるのだろうと思っていたけど、その本にはガッカリした。面白くなかったからだ。
『つまらんとは何だ』
率直に感想を述べたら、自来也様は怒るわけでもなくそう訊いてきた。
『だってこれさ、主人公カッコ悪いですよ。全然望みない相手に告白して空回って』
憮然としてそう答えると、自来也様は鼻で笑ったのでオレはカチンときた。
『それが恋ってもんだろうが。なんだカカシ、お前恋もしたことないのか』
『ありますよそれぐらい』
『いーや無い』
言いきる自来也様が、オレには腹立たしくてならなかった。なんだ、つまらないと言った腹いせかと思った。あんな話。あんな主人公。少しも面白くなかった。
『オレはあんなカッコ悪い事はしないだけです』
『カッコ悪い?』
『望みが無いなら、別の相手にすればいい』
『そんなの、告白してみないとわからんもんだろうが。好きだと言ってしまえば、相手は自分のことを少しは考えるもんだ。それからアプローチし続ければ、ひょっとしてひょっとするかもしれんからのォ』
それがよくわからなかった。今でもよくわからないままだ。そこまで相手にこだわる必要なんてあるのだろうか。
『オレは恋愛ごとなんかに振り回されたくないですよ』
オレは大人なんだ。くだらないことに頭を悩ませる事が勿体ない……というより、面倒臭いと思った。そもそもオレの過去の経験は、全て相手が言いよってきたものであって、告白なんてしたことがなかった。
唐突に下らない話をしていると冷めた気分になって、オレはこの話を終わらせようとした。
だが、自来也様はそんなオレに、最後にこう言った。にやにやとした嫌な顔で。
『カカシ。お前も本気で惚れた相手ができたら好きだと言ってみろ。きっと相手はお前のこと、忘れられなくなるからのォ』
本気でくだらないと思った。
忘れる、忘れられることなどどうでもいい。誰の中に残りたいとも思ったことはなかった。
オレは忍びで、いつかは朽ちてゆくだけなのだから。
イルカ先生が忍猫を抱えたのを見て、オレはギクリとした。そして向こうからこっちは見えない死角へすぐに移動しつつ、あちらの様子を窺う。
別にイルカ先生のことなんてどうでもいいわけだが、あの忍猫と接触させたくはなかったと、今その図を見て思った。理由は多分、あの忍猫につけた名のせいだ。やましさがそこにあった。
名前をつけておきながら、実は今まで一度も呼んだことはなかった。だから失念していたが、あの忍猫にはイルカ先生と同じ名を付けたのだ。ああ、どうしてそんなことをしたのか。あの時のオレは馬鹿としかいいようがない。
そんなオレの気持ちを察してではないだろうが、忍猫はイルカ先生の腕の中からひょいっとすぐに抜け出した。
「おっと」
そんな忍猫に、イルカ先生が驚いていた。
「抱っこされんの嫌だったか? ごめんな」
そして後頭部に手をやり、へへ、と苦笑いを零した。
忍猫は何も答えない。
答えず、出入り口のところにいつものように座している。
オレは急にホッとした。そうだ、あの忍猫の名が知られることはない。しゃべるなと命じたことを思い出した。
「……待ってんだな。忠犬……いや忠猫か」
イルカ先生は、アカデミーのガキらに向けるような温かい眼差しで忍猫を見下ろし、そしてその頭を撫でた。
「先生ずっこい! オレらも触る」
「駄目だって。嫌がってたろ。さぁ、お前らも早く帰った帰った」
今度はガキらに、忍猫を撫でた手を与えた。ひとりひとりの頭を軽く撫でて、帰宅を促している。
ああ、イルカ先生だ。オレは今更ながらに思った。
イルカ先生だ。
よく知っている。オレが一番知っている、イルカ先生だった。
そして―――
ガキ共が帰るのを見送ったイルカ先生は、こっちへ向かって歩き出した。そしてオレに気付くと、オレに目を向けた。その目はすぐに冷たいものへと変わった。
そんな目もすぐに逸らされ、オレの前を通過していく。
オレが最近知ったイルカ先生だった。ある意味、オレだけに向けられるイルカ先生の顔だった。
この男は、同僚もガキも猫も好きだけど、オレのことだけ嫌いなのだ。